第115話 芋くさ夫人の娘の縁談(ルーナ視点)4
(気になる発言を残したまま去らないで欲しいんだけど)
広い廊下を睨みつつ、ルーナは唇を引き結んだ。
(……どうしたらいいのかわからないわ。エルメ殿下は子供の頃から、私のことがずっと好きだったの!? あと、過保護なお父様の試練を乗り越えたの、地味にすごくない?)
ルーナは父が子供たちを溺愛しているのを知っている。
兄のソーリスはもちろん、娘のルーナには特に甘かった。
普段は優しい父だが、ちょっと意地悪な部分もある。
たぶん、エルメは相当厳しい試練を課せられたのではないだろうか。
「あ、あの……」
恐る恐る話しかけると、エルメは赤い顔のまま素早く反応した。
「私のこと、本当に好きで……その、だから婚約を打診したの?」
「ああ。ナゼルバートが舅になるのは厄介だとわかっていたが。それでも、妻にするのはお前しか考えられなかった」
てっきり父の力が目的だと思い込んでいたが……。
(お父様、マイナス要因だったー!)
エルメはぶっきらぼうに手を差し出し、廊下を出て城の中庭へ向かった。
標高の高い場所に咲く珍しい花々が彩る庭の一角にガゼボが設置されており、中には白く丸いテーブルと装飾の施された椅子が置かれていた。
そちらへ案内されたので、ルーナは椅子に腰掛ける。
「先ほどの件、もう一度、きちんと言わせて欲しい。俺は俺自身の意思で、お前と婚約したいと思っている。スートレナから引き離すことになるのは忍びないが、新しく与えられる領地に一緒に着いてきて欲しいんだ」
エルメの真剣な顔つきを見て、ルーナはテーブルの下で両手をもぞもぞさせながら息を呑んだ。
「私、あんまり役に立てないわよ? 魔法が『弱化』だし……」
「魔法の種類なら特に気にしていないが? でも、敢えて言うならルーナの魔法は便利だと思う。魔力量も多いみたいだしな」
「私の魔法、お母様の魔法を貧弱にしただけなのよ?」
「そうだろうか? スートレナではアニエス夫人がいたから、ルーナが活躍する場がなかっただけでは? 今度俺に与えられる領地は山ばかりで、巨大な岩もゴロゴロしている。落石被害に悩まされる者も多い」
ルーナはエルメの言葉に耳を傾ける。
「例えば、アニエス夫人の魔法なら一つの巨大な岩を壊すのに、何人もの人間を強化しなければならないだろう」
「まあ、そうね」
「お前の魔法なら一撃で岩を壊せるはずだ」
「でも……」
「ルーナはもっと、自分に自信を持っていい。それに『弱化』という魔法には、まだまだ可能性が秘められている」
ぶっきらぼうだが紳士的な言葉に、ルーナの心のわだかまりが解けていった。
そして……。
※
「お父様、私、エルメ殿下の婚約を受けようと思うわ」
城から戻った翌日、スートレナの屋敷でルーナは優雅にお茶の時間を楽しむ父に訴えた。
「ぶふっ!?」
父は紅茶を吐き出しそうになり、慌てて飲み込んでむせている。
「無理しなくていいんだよ、ルーナ。アニエスから、顔合わせは微妙だったと聞いているし」
「あのあと、エルメ殿下と二人で話をしたのよ。ラトリーチェ殿下の前でそういう話をするのは恥ずかしかっただけみたい」
「まったく子供だね。そんな男にルーナを任せていいものか……」
「私、結婚するから! 結婚して、エルメ殿下と一緒に領地経営するから!」
話していると、母も部屋にやってきた。
何を考えているのだろう? 少しにまにましている。
「ラトリーチェ様に連絡しておくわ。ナゼル様はルーナの婚約に関しては、なんでも反対だから気にしなくていいわよ」
「アニエス!?」
「ルーナが自分から何かをしたいと言い出すのは珍しいものね。寂しくはあるけれど、ちょっと嬉しいの。私もナゼル様と婚約したのはルーナくらいのときだったし。あ、領地にはジェニに乗って遊びに行くわね」
母が介入したら、トントン拍子に話が進んだ。
なんだかんだ言って、父は一番母に弱い。弱すぎる。
こうして二人の婚約は成立し、翌年正式にエルメとルーナは結婚した。
夫婦揃って慣れない土地での苦労もあったが、互いの魔法で協力し合い、二人の領地は徐々に発展してきている。
自分でも人々の役に立てることが嬉しいし、何よりエルメが大事に接してくれるので、ルーナは幸せだった。
時間が経つにつれて魔法へのコンプレックスもなくなり、上手に扱えるようにもなってきて、ルーナは進んで「弱化」の魔法を使い始める。
そんな風になんでも弱体化して壊してしまうルーナを、人々は「破壊夫人」と親しみを込めて呼んだ。
スートレナからふらりとやってきた像職人の息子により、各地に「破壊夫人像」が建てられ始めるのは、まだ先の話。
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