第81話 動き出すエバンテール家(マイケル視点)
エバンテール家の当主、マイケル・エバンテールは激怒した。手には、息子のポールが書いた手紙が握られている。
妻のサマンサは、息子がいなくなった事実を受け入れられずにうろたえた。
「嫌ぁっ! ポールが家出なんて、嘘よー!」
「うるさい、黙れ!」
夫婦仲は以前にも増して険悪になり、侍女や使用人たちは離れた場所で震えていた。
「ポールを連れ戻すぞ」
マイケルの言葉に屋敷の他の住人はただ頷くことしかできない。
「そうね、よりにもよってアニエスのところへ行くだなんて。悪い影響を受けてはいけないわ。ポールはエバンテール家復活の要なのですから、ぜひロビン殿の計画に協力してもらわないと」
サマンサも慌ててマイケルに同調する。
今ここには、スケープゴートのアニエスはいないのだ。
「……にしても、人身売買に加担しろなどロビン殿も無茶を言う。それが陣営に入る踏み絵なら甘んじるしかないが、自分の浮気相手が実家に見放された途端に売るとは現金な。まあ、身持ちの悪い令嬢には似合いかもしれんな」
「そうよ、淑女の風上にも置けないわ」
「かなりの数だが」
「……考えないことにしましょう。我が家の復興のためよ」
マイケルの祖父、かつてのエバンテール家当主のルイは優れた能力を持つ人物だった。
地方領主にも関わらず宮廷内でのし上がり、宰相補佐になったエバンテール家の星だ。
その時代のエバンテール家は繁栄を極め、他の貴族から賞賛され、陛下の覚えもめでたかった。
当時は幼かったが、マイケルは覚えている。ほとんどの貴族が自分にかしずいた、あの快感を。
しかし、祖父がこの世を去ったあと、世襲した父の代でエバンテール家は一気に傾いた。
なぜだかわからないが、誰も父の話を聞かなくなったのだ。
それどころか、父を「声と態度だけが大きい、失策続きの無能」などと馬鹿にし、ついには父やマイケルたちを王宮から追い出してしまったのだ。
その後、エバンテール家は大人しく領地運営だけで暮らすようになる。
生まれたときからチヤホヤされて育ったマイケルにとっては、屈辱的な出来事だった。
領地に追いやられたせいで、父と母との仲もギクシャクし始める。母は格上貴族の令嬢だったのだ。
祖父の功績を見込んだ母の実父が、繋がりを持とうと送り込んだ娘。
しかし、夫は王宮から厄介払いされている。
嫁ぎ先が力を失ってからの母は「こんなはずではなかった」と、いつも不満を口にするようになった。
両親――特に母は必死に元の地位に返り咲こうと足掻く。
祖父と同じように動けば、きっとまた王宮で宰相補佐の地位に就けると信じて……
それが、彼女の生きがいだったのだ。
そして、エバンテール一族はお家復興のため、一丸となり祖父の真似を始める。
もちろん、マイケルや従妹のサマンサも例に漏れなかった。
祖父と同じ古き良き教育を受ければ、宰相補佐に返り咲けるのだと信じながら、マイケルは屈辱的な日々を送る。
けれども、そんなエバンテール家を奇異の目で見るけしからん貴族も多いのだった。
彼らはエバンテール一族の力を恐れているのだとマイケルは確信している。
でなければ、厳しい家訓に従ってきた意味がない。
この家訓は自身の子供にもしっかり教え込む必要がある。
自分の代でなしえなくても、息子ポールの代では必ず王宮へ上がりたい。
そして、陛下にエバンテール家の素晴らしさを認めさせるのだ。
「サマンサ、用意ができ次第スートレナへ向かうぞ」
「はい。それにしてもポールったら、どうやってスートレナにたどり着けたのかしら」
「アニエスや罪人共が何かしたに違いない! 訴えてやる!」
自分が任された悪事を棚に上げたマイケルは大声で吠えた。
そうして、用意された伝統的な古くさい馬車に乗り、夫婦はガタゴトとエバンテール家を出発したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます