第64話 芋くさ夫人、芋を投げる
リリアンヌと呼ばれた令嬢は、ハッと顔を上げてトッレを見た。
知り合いだろうか。
「あ、ああ……」
ナゼル様を傷つけることに失敗した上に、トッレに思い切り名前を叫ばれてしまった彼女は、青ざめた表情になり脅えたように後退して逃げ出す。
「待ってくれ、リリアーンヌッ!」
逃げるリリアンヌを追う、ナゼル様とトッレたち。
けれどそれを阻止するように屋敷の兵士たちが動き出した。
「やっぱり、男爵の罠だったのね。ヘンリーさんやケリーたちを探さなきゃ! 乱闘が繰り広げられるここに残っても、邪魔になるだけだし」
彼らは男爵家の不正の証拠を集めている最中だ。
私自身は強くないけれど、仲間の体を強化することならできる。
きびすを返した私は、さっさと廊下に出た。
他の貴族は逃げてしまったようで、現在屋敷の中は人が少ない。
それでも、ナゼル様たちの方へ向かわなかった敵の兵士が数人、廊下をウロウロしていた。
「おい、客人たちは見つかったか?」
「いません! 全員部屋から出ているようです!」
会話の内容から、彼らがヘンリーさんやケリーを探しているのだとわかった。
「急がなきゃ」
兵士に鉢合わせないよう、順に部屋を見ていく。
運の良いことに、私はさっそく、ダイニングを探索中だったケリーを発見した。
駆け寄って、彼女に強化の魔法をかける。
「ケリー、ここにいては危ないわ。兵士が襲ってきたの。一度屋敷の外に出ましょう」
話をしていると、ダイニングの扉が乱暴に開けられた。
「いたぞ!」
兵士がなだれ込んできたので、私はケリーの手を取り食堂の奥へ走る。
使用人が使う小さな扉を抜けた先は、男爵家のキッチンだった。
目の前には食材の入った箱が無造作に詰まれている。
「食糧不足だと聞いていたけれど、あるところには大量にあるのね。でも、不思議」
日持ちのするジャガイモが多いけれど、この領地は作物が育ちにくい。
「芋類もそこまで収穫できなかったような?」
最近になって、ナゼル様が品種改良した作物が出回り始めたけれど、ここの食材は、そうではないものばかりだ。
「アニエス様、キッチンから外へ出られる扉には外から鍵がかかっています」
「キッチンの先に部屋はないようね。逃げ場がないのなら……」
私は近くに置かれた大量の芋を全て魔法で強化した。
「ケリー、ひとまず、敵の兵士に向かってこれを投げましょう!」
「わかりました。昔、弟たちの世話をしていたので、ボール投げの経験はあります」
「心強いわ。エバンテール家にはボールがなかったから」
私たちは入り口に押し寄せた兵士をめがけて芋を投げつけた。
まるで、鉄球が当たったような、「ゴッ……!」という、通常ではあり得ない音が鳴る。
強化された腕で投げる強化された芋は凶器だった。
「強化魔法って、こういう使い方もできるのね」
兵士たちは悲鳴を上げながら後退する。
鎧を着ていれば、芋が効かなかったかもしれないが、屋内で客人を捕獲するだけの仕事なので全員軽装だった。
どんどん芋を投げ、私とケリーは兵士が入り口を離れたタイミングで扉を閉める。
机や棚や椅子などを積み上げ扉を塞ぎ、鍵のかかった裏口を開けようと試みた。
「アニエス様、鍵が開かないのであれば扉を壊しましょう。なにかぶつけるものがあれば……」
「この椅子はどう? 強化すれば使える?」
私は近くにあった小ぶりな椅子を強化しつつ、ケリーに尋ねる。
「いいですね。古いので扉の付け根は脆そうです」
「それでは、いくわよ! せーのっ!」
二人で椅子の脚を握り、同時に振り下ろす。
朽ちた蝶番に椅子をぶつけたところ、扉は簡単に吹き飛んだ。
「やったー!」
揃って無事に外へ出ると、空はもう薄暗くなり始めていた。
「ヘンリーさんたちを探さないと」
「ああ、それなら……」
ケリーがなにか言おうと口を開き、少し迷ったそぶりを見せる。
「どうかしたの?」
「いいえ、ヘンリー様は大丈夫だと思います。ベル様が一緒なので」
「どういうこと?」
「ベル様は商人ではありますが、剣や短剣が上手に扱えます。それより、ここにいると敵の追っ手が来ますので、一旦離れましょう」
私とケリーは、屋敷から街の方へ移動する。
そして、街で待機していたナゼル様の部下たちと無事に合流を果たしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます