第44話 芋くさ夫人、ワイバーンをもらう
辺境スートレナの領主の屋敷に、ナゼル様が雇った護衛の人がやって来た。
どうやら、ジュリアン様の紹介みたいだ。辺境勤務希望だなんて珍しいな。
一人行動しがちな私のために、外出時に同行できる人間をとナゼル様が付けてくれた。
「トッレ・トルベルトであります!」
暗めの茶髪に、深い森を思わせる緑色の瞳。そして、筋肉に覆われた大きな体!
……ものすごく、強そうだ。
「アニエス、トッレは王都で騎士として活躍していたんだよ。街に出たいときは、必ず彼を連れて行ってね」
ナゼル様から圧を感じた私は「はい」と素直に頷いた。今まで、勝手に近場を出歩いていたので、とても心配されているのだと思う。
というわけで、ナゼル様が仕事の間、私はさっそく外出することにした。
実は、前々から行きたい場所があったのだ。
「今日は騎獣小屋へ向かいます!」
街の中心……砦のすぐ近くに、普段私たちが利用する騎獣の小屋が建っている。
毎回お世話になっている可愛いワイバーンも、そこにいた。
馬車で特に問題なく道を進み、騎獣小屋に到着する。
予め連絡をしていたため、飼育員さんが私たちを小屋の中に案内してくれた。
トッレは騎獣に乗った経験があるそうで、嬉しそうに天馬がいる一角を覗いている。
私は、いつもの青いワイバーンのもとへ向かった。
この子はシャリテという名前の雌で、赤いワイバーンの雄と番なのだという。雄はカプリスという名前だそうだ。
「そうだ、タラン村の知り合いからアニエス様に預かり物が届いております。前に柵を直してもらったお礼だとかで、ここへ来られることを伝えたら、ぜひお渡しして欲しいと……」
そう言って、飼育員さんは小屋の奥を指さす。
「こちらです。どうぞ、お受け取りください」
「えっと、この子は……?」
目の前にいたのは、まだ若い桃色のワイバーンだった。目はコバルトブルーで、光の加減によって、尻尾がレモン色に輝いている。
「訓練を終えたばかりのワイバーンです。シャリテの産んだ子ですよ」
「可愛い……」
「アニエス様はシャリテを気に入ってくださっていますが、彼女は砦の騎獣ですし、ワイバーンの番は引き離せないので」
私は飼育員さんの言葉に頷いた。
皆が使う騎獣を奪うつもりはないし、ワイバーンの生態で一度番になった雄と雌を引き離せないのは知っている。
それに、シャリテが首を上下に動かし、私に桃色のワイバーンの方へ向かうよう促したのだ。
「いいの?」
「はい、良ければ名付けてやってください。ちなみに雄です」
「それじゃあ、『ジェニ』はどう?」
桃色のワイバーンに近づいた私は、伺うように顔をのぞき込む。
ワイバーンはキュルルと鳴いて、頭を上下に動かした。これは肯定の意を表しているのだそう。ワイバーンはとても賢い騎獣なのだ。
「良かった。ジェニ、これからよろしくね」
ジェニはブンブンとまた頭を動かした。
「屋敷の厩舎を整備しますので、それまではここでジェニを預かっていただけますか?」
「もちろんです。よろしければ、騎乗の講師をおつけしましょうか?」
「えっ?」
「ここスートレナでは、女性も騎獣に乗ることが多いのです」
それは、願ってもない提案だった。実は、前々から自分で騎獣に乗れればなあと思っていたのだ。
「嬉しいです、よろしくお願いします」
「ワイバーンは天馬よりも騎乗時の癖が強いですが、慣れれば平気ですよ」
はっはっはと朗らかに笑う飼育員さん。当然、彼もワイバーンに乗れるのだろう。
「ちょうど、最適な講師がおります。今は小屋の外で天馬を散歩させているはず……」
そう言って、飼育員さんは裏口から小屋を出る。私も彼の後に続いた。
「おーい、ちょっと騎獣の講師を頼みたいのだが」
広場で天馬と歩いていたのは……
「あれ、トニー?」
辺境へ来た当初、ナゼル様に意地悪をしてきたトニー・フォーンだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます