第42話 王女の婚約者は暴走中(ジュリアン+α視点)
デズニム国の王宮では、今日も事件が起きていた。
「き、貴様ぁ! よくも、リリアンヌに手を出したな!」
廊下で叫んでいるのは、貴族子息の一人、トッレ・トルベルトだった。騎士団に所属している彼は、筋骨隆々のたくましい青年で、もうすぐ結婚を控える身だ。
トッレに胸ぐらを掴まれているのは、王宮の問題児で王女の婚約者のロビンである。
小麦色の肌に、彫りが深くて甘い顔。女性受けしそうな垂れ目。
ロビンは自分の武器をよくわかっており、それを使って見境なく貴族女性を口説いていた。しかも、見目の良い、若い娘ばかりを。既婚者に手を出しているという噂もある。
「嫌だな、嫌だなもー。俺ちゃん、手なんて出してないってば。リリアンヌの方から寄って来たんだってばー」
「ふざけるなぁっ! リリアンヌは大人しくて素直な……」
「ププーッ! マジで? 本当にそう思ってんの? 見る目ないね?」
仮にも格上の貴族に向かって、その庶民っぽい喋り方はどうにかならないのか。
これが王女の婚約者だなんて、この国はおかしくなってしまったのか……
「リリアンヌは苦しんでいたんだよ? 本来は明るい子だから、大人しい淑女の皮を被り続けることが負担になっていたんだ。それなのに、婚約者がこんな朴念仁かつ、作られた大人しい部分を評価するような男だなんて。超ー可哀想ぉー」
わざとらしく身を震わせるロビン。苛立ったトッレは、思わず拳を振り上げる。しかし……
「何をしているのです! おやめになって!」
廊下の向こうから小走りで近づいてくるのは、婚約者のリリアンヌだった。
緩く編んだ栗色の髪が、動く度に波打ち揺れる。
「リリアンヌ!」
「トッレ様、ロビンに暴力を振るうなんて、酷いわ!」
「こ、これは違う!」
「聞いてよ、リリアンヌ。この人ヤバいんだよー? いきなり俺ちゃんに掴みかかってきてさあ」
最近まで平民だった男爵家の庶子なのに、伯爵令嬢のリリアンヌを呼び捨てとはけしからん!
またまた、トッレの頭に血が上る。
「貴様が他人の婚約者に手を出したからだろうがあっ!」
トッレは貴族ではあるが、三男のため今まで騎士として、戦い一辺倒の環境で育ってきた。
リリアンヌと結婚し、彼女の家に入る予定なのだ。
思慮に欠けるところがあり、考えるより先に体が動いてしまうトッレと、やたらと舌が回るロビンとの相性は最悪だった。
ロビンの両肩に手を置き乱暴に揺さぶるトッレを見て、リリアンヌが叫ぶ。
「暴力的な男なんて最低! トッレ様、あなたなんて大嫌いよ!」
ドレスの裾を掴み、身を翻すリリアンヌ。
「待って、待ってくれ、リリアンヌ! リリアーンヌッ!!」
しかし、彼女はトッレの方を振り返りもせずに廊下を走り去って行ったのだった。
※
「今月に入って三件目だよ!? 貴族の破局! 全部ロビン絡みだし、どうなってんの!?」
ジュリアン・フロレスクルスは、公爵家の離れで頭を抱えていた。
友人のトッレが、「婚約者に振られた」と、泣きながら屋敷に駆け込んできたからだ。
「うう、君の兄上と同じことになりそうだ。ジュリアン……」
「元気出しなよ、トッレ。まだ、婚約破棄はされていないんだろう?」
「でも、時間の問題だ。リリアンヌは、あのタラシ野郎に夢中なんだ」
「同じような令嬢が続出していると聞く。彼の魔法は魅了ではないらしいけれど」
「俺も違うと聞いたぞ、聖なる魔法だと。しかも、普通は一種類しか仕えない魔法が、二種類も使えるらしいぜ。詳しくは知らんが、魔力量がとても多いみたいだ」
そんな風にロビンを野放しにして、王女殿下は大丈夫なのだろうか。
あの完璧な兄と婚約破棄をしたくらいだから、相当ロビンに執着しているだろうに。
……おそらく、上手いこと言いくるめられているのだと思う。
「これを期に、トルベルト家は王女や王妃を見限る」
「俺にそんな話をしていいの? フロレスクルス家は王妃に与しているのに」
「でも、お前は別だろ。今、第二王子の勢力が急拡大している。そちらに入るつもりさ、お前もどうだ?」
ジュリアンは、黙ってトッレの手を取った。
「そう来ると思った。ジュリアンに是非会わせたい方がいるんだ。俺も偶然出会ったのだけれど、今度王宮へ来てくれないか?」
「わかった」
トッレの提案は、ジュリアンにとって願ってもないものだった。
けれど、彼の次の言葉で眉を顰める。
「ナゼルバート様も、芋くさ令嬢と結婚なんて気の毒だよな。第二王子派で彼の伴侶の座を狙っている令嬢も多いみたいだから、上手くいけば離婚できるんじゃね?」
「……兄上は離婚しない。簡単に離婚を選ぶ人じゃないし、夫婦仲は悪くない」
「嘘だろ!? 芋くさ令嬢だぞ!?」
「お前、あの化粧の下を見たことがあるか?」
「化け物級にヘンテコな厚化粧の下か? あるわけがないだろう?」
「芋……姉上は、ものすごく美人だ。王女殿下なんて目じゃないくらいに。あと、性格もいい」
「はあ!?」
「兄上は、間違いなく婚約破棄を喜んでいると思う」
この数日後、第二王子主催のパーティー参加者から、続々と「芋くさ令嬢は美人だった」という情報が発信され、大いに社交界を賑わせたのだった。
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