第13話 公爵令息の弟と芋くさ令嬢

 翌日も、フロレスクルス公爵家のおいしい朝食をいただき、離れの書斎にある本を自由に読んでいいと言われ、私は機嫌良くダイニングをあとにする。

 とりあえず、居候の身なので、邪魔にならないよう大人しくしているつもりだ。

 

 公爵家の書斎には、魔法に関する本がたくさんあった。ナゼルバート様は常人より魔力が多く、魔法に関しては努力家だという。パーティーで、貴族たちが噂していた。

 

 この国の人間の多くは体に魔力を宿し、様々な魔法の力を持って生まれる。

 子供の頃に教会へ連れて行かれて調べられたり、日常生活で無意識に使ってしまったりする中で、自分がどういった魔法を使えるのかが判明するのだ。

 扱える魔法の種類や強さはまちまちで、魔法を極める者や特に気にしない者など、その扱いも家によって異なる。ちなみに、私の実家は魔法になんて興味がなかった。

 

 私が生まれ持った魔法の力もしょぼくて、「物質強化」という、珍しいけれど超地味な力だ。

 だから、魔法に縁のない家で過ごしても不便には思わなかった。そもそも、強い魔法を扱える人間など、ほとんどいない世の中なので。

 けれど、この家は本棚を始めとして、至る所で魔法の匂いがする。

 

 普通は、ナゼルバート様のように自分の魔法を極めようなんて考えない。彼は、素晴らしい努力家なのだ。

 だからこそ、今のナゼルバート様の境遇が気の毒すぎる。

 

「私に手助けができるわけじゃないけどね。はぁ、無力……」

 

 簡単な本を数冊読み終えた私は、部屋に戻ることにした。外を散歩するのもいいかもしれないけれど、公爵家の誰かと鉢合わせたら気まずいもんね。

 二階へ向かおうと、そっと扉を開けると、誰かの大きな声が聞こえてきた。男性の声だけれど、ナゼルバート様ではない。

 

「ん? 誰だろう」

 

 声が聞こえる方へと進むと、客室の扉が開いていた。

 いけないこととは思いつつ、気になった私は、こっそりと部屋へ近づいた。

 バレないように気配を殺して耳を澄ませる。

 すると、はっきりした会話の内容が耳に飛び込んできた。

 

「だからっ! 僕は王家のやり方には反対なんだ! 兄上が気の毒すぎる!!」

「落ち着いて、俺は大丈夫だから。王家からの正式な沙汰もまだなんだ」

「だからといって、楽観視はできないだろ! このままじゃ、兄上は辺境行きだ! しかも、芋くさ令嬢と結婚させられるなんてあんまりじゃないか!! なんで、兄上がこんな目に……」

 

 私は息を呑み、さらに扉へと近づく。

 会話の内容から、中にいるのはナゼルバート様と彼の弟君で間違いないと思った。

 ナゼルバート様の弟は、兄の味方のようだ。彼が、私のように家庭内で孤立していないとわかり、ホッとする。

 

「芋くさ令嬢と結婚するなんて、社交界のいい笑いものだ! 兄上とあんな女は釣り合わない!」

 

 だよね、ショックだけど、その点に関しては私も完全同意。あまりに色々と違いすぎる。

 地位も外見も能力も、私は全てに置いて駄目駄目なのだ。まったく、ナゼルバート様にとって利益のない結婚相手である。

 

「今、離れにいるんだろ? 変な噂が立つ前に、芋くさ令嬢なんてさっさと追い出すべきだ!」

 

 ナゼルバート様の弟の言葉が、正論過ぎる。

 ああ、悲しい……盗み聞きなんてするもんじゃないな。

 やっぱり部屋に戻ろうと、きびすを返したところで、部屋の中からナゼルバート様の声が響いた。

 

「彼女を侮辱することは許さない。それから、俺はアニエス嬢を追い出すつもりはないよ」

 

 毅然とした言葉で、彼は弟に告げる。

 

「なんでだよ!? あんな女を置いていたって、兄上が不利益を被るだけだ。醜い勘違い女など、今すぐ僕がたたき出してやる!」

「待て! ジュリアン!!」

 

 弟君の名前はジュリアン様なんだ……?

 暢気にそんなことを考えていると、扉が開いて何かが勢いよくぶつかってきた。

 

「ぶひゃ!」

 

 思いきり吹っ飛ばされた私は、そのまま床をコロコロと転がり壁に激突した。

 近づいてくる複数の足音と、「アニエス嬢!!」と叫ぶ、悲痛なナゼルバート様の声がする。

 

「あ、駄目だ……視界がクラクラ、足下フラフラ……」

 

 私の意識はフェードアウトしていき、最後にゴンと壁に頭をぶつけたところで完全に途絶えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る