行方知れず

 遠野屋旅館の三階にある作業部屋に、藍子と辰巳は通された。


 机を挟み、向かい合わせで、千都子と晃が座っている。自分達が来るまでの間、初対面であろうこの二人が、どんな話をして時間を潰していたのか、藍子としては気になるところであったが、いまはそれどころではない。


「先生……」


 久々に面と向かって話をする。工房を飛び出した気まずさもあり、気が付けば、手が震えている。


「そんなところで立っていないで、座ったらどうだい」


 千都子に促され、藍子は、晃の隣に腰を下ろした。


 辰巳もあぐらをかいて座ると、まずは千都子に向かって頭を下げた。


「息子が、すまん。迷惑をかけている」

「まったくだよ。うちの工房はえらい騒ぎさ」


 年齢の近い二人は、お互い遠慮のない物言いで、会話を繰り広げる。


「いつからいない?」

「先週からだよ」

「やはり百合マヤの案件が原因か?」

「綾汰から何か聞いていたのかい?」

「多少な。いつだったか、テレビでも放送された、その内容程度の話しか聞いていない。まあ、容易に想像はつく。大女優から直接のオファー。友禅作家としてデビューしたばかりの綾汰には、少々荷が重い案件だったな」


 言外に、なぜそんな綾汰に仕事を任せた、と言わんばかりの口調だ。


「あたしはそうは思わないね。経験の有無も、多少も、仕事を請け負う上では関係ない。百合マヤは、他の誰でもない、上条綾汰を指名したんだよ。そして綾汰もその仕事を請けた。ならば、話は単純さ。綾汰がやる、と言うのなら、やらせてみるまで」

「師匠として、助けてやる義務はあるんじゃないのか?」

「もちろん、口添えはしたさ。直接工房まで乗り込んできては、四度も五度も図案を突き返すなんて、まともな神経しているとは思えないさ。あたしだったら、仕事の話自体を無かったことにしている。だけど、綾汰は、それでも続けるって言ったんだ」

「ところが、失踪した、ってわけか」

「ああ。無責任にもほどがあるよ」


 千都子は語気荒く、ピシャリと言い捨てた。


 これに関しては、藍子は何も言えない。自分だって、一応はちゃんと挨拶はしたものの、工房から逃げ出した身だ。綾汰をかばうことは出来ない。


 ただ、釈然としないものはある。


「行き先は、何も、残さなかったのか?」


 辰巳の問いに、藍子も内心頷いていた。いくら何でも、仕事を抱えている状況で、黙っていなくなるなんて、あの綾汰がそんなことをするだろうか。

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