葛藤
出来ないことはない。母の遺した作品をよく見て、再現することは、完全に同じデザインは無理だとしても、それほど難しいことではない。色加減については、母が染料をどのように配合して彩色をしていたかわからないから、同じような形でのトレースは出来ないが、ある程度近い形で作ることは出来る。
けど、それは、果たして「自分の作品」だろうか? だったら、自分が手がける必要は無いのではないか?
それに、これまでの修行で、花鳥風月の作品しか作ってこなかったことが、それ以外の作品を作る上で、ネックとなってきている。四季折々の自然を描くのは得意だ。だけど、その他の独創的なデザインとなると、これは綾汰の苦手分野となる。
「僕には、それは……」
「わかっているさ。あたしはあくまでも、手っ取り早い方法の一つを言ってみただけ。それに、あの百合マヤについては、それすらも許してくれないだろうね」
「じゃあ、もうお手上げだ……!」
「前も言ったように、断ってもいいさ。あたしだったら、二度目の駄目出しがあった時点で、よそを当たってくれ、って突っぱねている案件だよ」
「ええ、そうだと思います」
「確かに逃したくない仕事だろうさ。もしも仕上げたら、百合マヤが出ている舞台で、観客が全員、あんたの作品を目にすることになる。作家になりたてのあんたが、一気に、大勢の人に作品を見てもらえるんだ、これ以上のチャンスはない。でも、もしも仕上がらなかったら、少なからず、悪い影響は出るだろうね」
千都子の言う通りだ。
成功すれば、自分にとって大きな業績となる。デビューしたての友禅作家でありながら、ベテランに匹敵するだけの名声を手に入れられるだろう。
しかし、失敗したら?
結局、百合マヤを納得させられる作品を作ることが出来ず、この仕事を断ることとなったら? あるいは、何度もリテイクを出すことに疲れた百合マヤが、依頼を取り下げることとしたら?
一度はマスコミにも取り上げられた、この案件を、自分は成し遂げることが出来なかった、という結果が残る。実力不足のくせに、大物女優の依頼を安請け合いした自惚れ者、と世間は評価することだろう。
「あたしに出来ることなら、いくらでも力は貸してやるさ。ただ、軽はずみなアドバイスをするつもりはない。これはあんたの問題だ。仕事を続けるも続けないも、壁を乗り越えるのも乗り越えないのも、全部、綾汰が決めることだよ」
千都子の言葉にうなずきつつ、綾汰は、別のことを考えていた。
(母さん……)
こんな時、母だったら、どういうアドバイスをくれたのだろう。
たった半年ほどしか一緒にいられなかった、母。
本当の母は物心つく頃にはこの世にいなかった。綾汰の記憶にある母は、工房で友禅作りをしている、天女のように美しい母の姿だった。
あの人だったら、いまの自分に、何を教えてくれたのだろう。
「少し、気分転換をしてきます」
綾汰は、工房を出た。
それっきり、戻ってくることはなかった。
【現在、想実堂TEAPOTノベルスより、AmazonKindleにて『金沢友禅ラプソディ』配信中です。そのため、これ以降のお話については、恐れ入りますが、非公開とさせていただきました。ぜひKindleにてお手に取っていただけましたら幸いです……!】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます