玲太郎の意思

「私は、こういうひねくれた形で物を作ることを、覚えちゃっているの」


 その言葉は、玲太郎に向けられている。


 いざ、本職の友禅作家の作品作りと並べられて、比較されたら、確実に自分のほうが邪道であるし、劣っていると自覚している。

 そもそも藍子の作品作りのやり方は、もはや加賀友禅ではなく、「加賀調」と本職からは揶揄されるようなものだ。

 だから、最終的に依頼を考え直されるのも覚悟の上だった。


 その上で、なお、藍子は自分のことを玲太郎や晃、大護に見てほしかった。

 これがいまの私に出来る、最大限の力だ、と。


「それでも……いい?」


 おずおずと尋ねる藍子に対して、玲太郎は朗らかにほほ笑んだ。


「さっき、綾汰さんに聞かれた時から、もう答えは決まってますよ」


 聞くまでもない、と言わんばかりの口調で。


「僕は、あなたに依頼したし、あなたに描いてほしい。その気持ちは、初めてあなたの絵を見た時から、ずっと変わっていません」


 綾汰と、大護が、同時に目を丸くした。二人とも、まさかこのような答えが返ってくるとは、想定していなかったようだ。


 藍子もまた、思ったよりも玲太郎の意思が固まっていることに驚き、もう一度、問い直してみた。


「本当に、私に、任せてくれるの?」

「もちろん」

「私は、邪道な物作りしか出来ないよ?」

「僕は別に、いい加減な気持ちで言ってるんじゃないです。どっちのデザインがいいか、っていうシンプルな話になると、僕はあなたの作品の方が好きなんです。綾汰さんのちゃんとした加賀友禅もすごく素敵ですけど、あなたの絵は、どこかホッとする空気感があって、僕のお店で使うのにちょうどいい感じなんです」


 この展開を目の当たりにして、大護はすっかり言葉を失っている。藍子の実力を見定めようとして、結局は本職である綾汰の方が優れていると判定していたものの、今は、そんなことを言い出しにくい雰囲気になっている。


 そんな大護の肩を、晃はポンッと叩いた。


「どうなんだ、大護? やっぱり上条さんは、お前としては認められないか?」


 友に問われて、大護は腕組みしながら、ううむ、と唸った。


「彼女を見極めたいと言い出したのは、お前だぞ。落としどころを示してくれないと、スッキリしない」

「だが、そう簡単には……」

「どちらにせよ、玲太郎君は、藍子さんへの依頼は続行するつもりだ。そして、彼としては、お前にも協力してもらいたがっている。あとは、大護がどうしたいかによって、俺達の方も今後の進め方を考えないといけなくなる」


 大護はますます唸り声を上げた。答えを出しかねている様子だ。


「ひょっとして、自分のことと重ね合わせているのか?」


 この晃の問いは、図星だったようだ。


「ああ。輪島塗か、加賀友禅か、の違いはあるが、同じ伝統産業の世界だ。そこでプロとして生きている俺は、他の誰が認めようと、邪道を許すわけにはいかない」

「加賀友禅作家でもなく、伝統的な製法を守るのでもなく、独自のやり方で加賀友禅っぽいデザインを作り出している上条さんのやり方は、イヤってわけか」

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