星場大護
「兎の寝床」に戻ってからほどなくして、輪島塗の塗師、星場大護はやって来た。
扉を開けて入ってきた、大護本人の姿を見て、藍子はギョッとした。
「あなたは、あの時の!」
パン屋で新人バイトを助けてくれた、あの巨漢だ。
「おお。パン屋で椿を描いていた店員か」
大護は、ズンズンと床を踏み鳴らして、藍子達のほうへと迫ってくる。
初対面の玲太郎は、見るからに恐そうな大護にびっくりして、小さく悲鳴を上げると、カウンターの奥に隠れてしまった。まるで肉食獣に怯える小動物のようだ。
昔からの友人である晃は、嬉しそうにポンポンと、大護の肩を叩いた。
「大護、わざわざありがとう」
「俺のほうも出来るだけ多くの飲食店と関係を結んでおきたかったからな。いまの時代、輪島塗も、積極的に営業をしていかないと生きていけない。ちょうど今日や明日も、こっちの飲食店や旅館、何軒かと打ち合わせをする予定なんだ」
さすが、輪島塗で実際に仕事をしている職人だ、その活動内容も本当にしっかりとした商談となっている。
「店主はどこにいる?」
「あそこ。カウンターの奥でぶるぶる震えているのが、店長の桐谷玲太郎君」
「おう、よろしく」
大護に声をかけられて、玲太郎は消え入りそうな声で、「よろしくお願いします」と返事をした。
「で、俺から頼んでいた、友禅作家はどこだ?」
「もうその話か。気が早いな」
「こっちの話も俺にとっては大事なことだからな」
「まあ、焦るなって。そこにいる上条藍子さん、彼女は、あの『友禅の魔女』上条静枝さんの娘なんだ。それで、彼女の弟が――」
「なんだと? 『友禅の魔女』の、娘だって?」
話を最後まで聞かずに、大護はギョロリと目を剥き、藍子のことを睨みつけてきた。
多少は、大護の厳めしい風貌に慣れてきた藍子でも、いますぐ取って食われそうな勢いで睨まれて、ビクンと体を震わせる。
「あの『友禅の魔女』だと⁉」
大声で母の二つ名を呼びながら、勢いよく、大護は歩み寄ってきた。その圧迫感に、藍子はじりじりと後退りし、ついに壁際へと追いつめられた。
気が付けば、目の前に、大護が仁王立ちしている。
「あ、あの、なんでしょうか?」
震える声で、藍子は問いかけた。
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