急変

 自宅のアパートに帰った藍子は、すぐにベッドの上に倒れ込んだ。

 今日一日で、色々なことが起こり過ぎていた。


「デザイン、か……」


 加賀友禅の作家としてではなく、一人の絵を描ける人間として、デザインの仕事をする。

 それはそれで面白いとは思うけど、しかし、まだどこか、気分的にはしっくり来ていない面もある。

 藍子はあくまでも、友禅作家として活躍したいのであり、デザイナーになりたいわけではない。

 憧れるのは、母のような友禅作家なのだ。


「まあ、でも、千里の道も一歩から、って言うしね」


 ここは前向きに考えるしかない。

 何者でもなかった、この一年間。パン屋でアルバイトしながら、ぼんやりと無駄に日々を過ごしていた。

 それと比べたら、いまこうやって、チャンスを与えられているのは、本当にありがたいことだ。


「よし、頑張るぞ! ファイトだ、藍子!」

 ベッドの上で身を起こして、ガッツポーズを取りながら、自分自身にエールを送る。

 ついでに、もう昨日みたいにヤケ酒を飲むようなメンタルにはならないぞ、と心に誓う。

 もっとも、そのヤケ酒がきっかけで、晃から仕事の話をもらえたわけであるが。

「さーてと、そうしたら、もっと他にもいっぱい図案を作らないとね」

 体は疲れてはいたが、心は元気になっている。藍子は机に向かい、図案作成の準備に取りかかった。

 やるからには、とことん、玲太郎が喜んでくれるようなデザインを作ってみよう、と思っていた。




 図案作りに夢中になっているうちに、いつしか、藍子は机に突っ伏す形で眠りについていた。


 目が覚めたのは、スマホが振動する音のせいだった。


「むにゃ……電話……?」


 画面を見ると、晃だ。時刻は朝九時。早いというほどではないけど、特段用事があるような時間とも思えない。


「なんだろ……?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、藍子は電話に出た。


『上条さん、大変だ』


 いきなり晃の緊張した声が耳に飛び込んできた。


「なーにー? どうしたのー?」


 まだ目が覚めていない藍子は、軽くあくびをしながら、のんびりと喋る。そんな藍子の様子に、若干苛立った感じで、晃は畳みかけるように状況の報告をしてきた。


『カフェの話だけど、仕事が無くなるかもしれない。かなりまずいことになってきた。もしかしたら玲太郎君は、東京に帰っちゃうかも……』

「はあああ⁉ 何それ、どういうこと⁉」


 一気に藍子の頭は覚醒した。


 急転直下。青天の霹靂。昨日、仕事の話を受けて、すっかりその気になっていたというのに、一晩明けたらやっぱり無し、だなんて、そんなの困ってしまう。


『いまからお店のほうに来れるかな。たぶん、口で説明するより、実際に来てもらったほうがわかりやすいかもしれない』

「う、うん。わかった。三〇分ほどかかるから、ちょっと待っててね」


 急いで服に着替え、アパートを飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る