第3話 大臣ローウッド
『フラン王国』――聖炎の王国ともいわれる大国。
建国から995年という歴史があり、世界でも有数の由緒ある国家だ。
建国の父『メトロス1世』は当時魔族や魔物の住まう魔境といわれた地を征服してフラン王国を築いたといわれている。
かの王は炎を自由自在に操る魔法使いで、人類が魔族に抗う術を確立していなかった暗黒の時代に魔を滅ぼし、人類をその炎で照らし続けた英雄でもあった。
つまり、メトロス1世の炎、それを扱える王族の血筋こそがフラン王国の象徴であり、代々メトロス1世の子孫が国王に就いていた。
その王家の血筋は今なお脈々と受け継がれ、現国王『メトロス35世』もメトロス1世の子孫にあたる人物である――ということになっている。
王家の人間の証として、即位式には王が炎の魔法で王都にある聖火台を灯すことが習わしだった。だが、いつしかその習わしは行われなくなった。
その理由は、王族の操る炎が"太陽の如く極光を放つ"ものであったからだ。
それが、ある時からただの炎しか出せなくなった。
原因は王家の血が薄れたことにあるといわれている。
長い歴史の中で王家に多くの血が混じり、その特別な力が失われたのだ。
当時の王族と家臣たちはこの事態を隠匿した。
国民に、何より周辺の国家にこのことを隠さなければならなかった。
フラン王国が聖炎の王国であるための象徴を失うことは、国家の滅亡と直結していたからだ。
そして、それを期に王制は裏で秘かに終わりを告げる。
世襲制を廃し、家臣の大臣たちが傀儡政権を樹立するために操りやすい人物を王族とすり替えた。
もはや血筋に拘る理由は何もなくなった。
表面上は由緒ある英雄の血筋が王権を頂く王国として、実際には大臣たちの血で血を洗う政争が繰り広げられる傀儡国家として――それが今のフラン王国なのだ。
この広い政務室の豪華な椅子に座り続けて10年になる。
それは、私がこの国の大臣となってもう10年になったことを表している。
今年で齢55を迎えたが、まだ老後を考えるには早い。
現役を退いた瞬間、いつ報復に刺客が送られ殺されるか分からないのだ。
現国王のメトロス35世は、私の率いる派閥と敵対する大臣たちが擁した傀儡だ。
政権を盗られたからといってすでに敗北したわけではない。
私の派閥には聖剣の一振りを担う剣聖を飼っている者もいる。
ゆえに、武力では負けていないのだ。
だが、このままではいずれ私は失脚し、権力を奪われるだろう。
そうならないためにも早めに手を打たなければならない。
――ゴン ゴン
私は右手の人差し指に着けた指輪で机に叩き合図をする。言葉は不要だ。
私の合図に政務室の外で待機していた若い男がノックをし、入ってくる。
「ローウッド閣下、お呼びでしょうか」
もう30代後半にもなるこの男は、私の部下の中で最も有能な男だ。
政界で生きるにしてはまだ年若く、未来があるところもいい。
この男との出会いは、奴がまだ20のときだった。
田舎で燻っていたところを私が拾いあげ、右腕として育ててきた。
私がこの男を気に入った理由は、強い野心と同時に分別を持っているところだ。
田舎貴族の次男に生まれ家督を継げなかった奴は、自分の兄であり家長でもある長男を睨みながら小さなナイフを握りしめていた。
私は、それを政務で偶々この田舎に訪れていた際に路地裏で見かけた。
(こんな小さな田舎にも争いはあるのだな)
私はある種の趣を感じながらしばらく観察していた。
だが、あの青年は一向に動こうとしない。
これではつまらんと思い、私は声をかけた。
「どうした、あの男が邪魔なのだろう。刺さないのか?」
わざと挑発するような口調で煽る。
逆上して襲ってきたところで、私の護衛がすぐにこの青年をねじ伏せるだろう。
私は、青年がどう反応するのか興味があった。
「……少し、考えていた。兄を刺せば、俺は貴族になれるだろう。だがこんな田舎で貴族になったところでどうなる? 慎ましく暮らせば死ぬまで何の不安も無く生きていける。だとして、果たして俺はそれに満足できるのだろうか……それをずっと考えていた」
「ほう、随分面白いことを考えているな青年。して、結論は?」
「今、結論が出た――あんたが誰かまでは知らない。だが、その身につけている豪華な装飾品や仕立てのいい服は自分の権力を誇示するためのものだろ。それに後ろの護衛、成金の商人が雇ったにしては育ちのよさそうな面をしている……つまり、あんたはこの田舎の外から来たお偉いさんだ」
「悪くない推理だ。それで?」
「あんたについていく。それが結論だ」
鋭い観察力に頭の回転も悪くない。
拾って手駒にしてもいいと思ったが、私は最後に一つ質問をした。
「結局、お前はどこまでいけば満足するというのだ?」
もし、この男の野心が私の邪魔になるようであれば話は別だ。
野心家であるのは別にいい。むしろ褒められるべきだ。
だが、主人にまで噛みつく飼い犬はいらない。
この青年の答えを聞いてから判断することにした。
「そこそこの権力者になれれば俺はそれでいい。あんたへの忠誠心が薄れない程度に権力を持たせてくれれば、俺は満足する」
この青年はいちいち言葉選びが面白い。
まるで、権力を持ちすぎれば裏切るのは当然だとでもいうような言い回しだ。
人間の核心をついている。
「青年、貴様にとっての権力とは何だ。金か?」
「ハッ、金なんてしょせん幻だ。そんなものが権力だというなら、俺は迷わず兄を刺していた……だが、結局のところ権力ってやつが何なのかは俺には分からない。権力者になったことがないからな」
こういうのを『
大臣にまで上り詰めた者でも金と権力の違いが分からない奴が多い。
権力とは、金では替えられないもの、値打のつかないものだ。
権力者は目配り一つで人を動かし、手振り一つで国を動かす。
金ですべてが解決すると考える者は、人の業の深さを知らない愚者だ。
忘れようとしても忘れられない知識が教養であるように、使っても消えないのが権力というもの。
この青年は、それを直感的に理解しているのだ。
「フッ、ならばついて来い。権力の使い方を教えてやろう。青年、名は何という」
「ユーリ・ハワード。ユーリーとお呼びください。閣下」
私の合図に入室してきた男、ユーリ・ハワードに私は要件を伝える。
「ユーリー。先の王室会議で王国の方針が決まった。王は、大臣全員に『勇者エリオット』を王国に召喚するよう勅令を出した」
「王……ですか」
「そうだ。つまり、"傀儡"を通して私の敵が大臣全てに命じたのだ」
傀儡国家であるという国家機密は、大臣以外で知っているというのは稀なことだ。
このことを教えていてもいいくらいに、私はこの男を信頼している。
「それで、何故勇者を?」
「単純なことだ。いよいよ深刻になってきた魔獣、魔物の被害に終止符を打つこと。他国への牽制。そして最後に、王家に箔をつけるためだ」
「……勇者の血を偽りの王家に取り入れると?」
「奴らも傀儡の替えをいちいち用意するのが面倒だと思ったのだろう。正真正銘、由緒ある血筋を再び造るために、かの有名な勇者の血が欲しいということだ」
「……――なるほど。奴らよりも先に勇者を引き入れ、ゆくゆくはローウッド閣下の派閥が政権を奪うということですね」
やはり話がはやい。多くを語らずとも意を汲み取る能力は相変わらず優秀だ。
「そうだ。今回は念に念を重ね、ユーリー、お前が直接勇者と交渉してきて欲しい」
「……俺、体力ありませんが」
顔を顰めて嫌そうな表情をするユーリ・ハワード。
この男の欠点はフィジカルにある。頭の出来がいいだけに惜しい。
「踏ん張りどころだぞ、ユーリー。これに成功すれば、お前は救国の勇士としてこの先の出世がしやすくなる」
「――ハァ、そうですね。わかりました。すぐに発ちます」
「はっはっは、お前の囲っている情婦たちも、お前が功績を上げればますます本気になるだろうな」
「俺の女関係まで詮索しないでください……。それでは」
そういって男は政務室を後にする。
奴が普段こなしている業務も決して少なくないが、なんとフットワークの軽いことか。
そして何より愉快なことに、ユーリ・ハワードがある程度の権力を持ってし始めたことが女遊びだった。
金に興味を示さず何をするのかと思えば、何と俗なのだろう。
まあ、男としては本質的に至上の目標はそれなのかもしれないが……。
女遊びに興じる程度で満足し、金絡みで失脚する恐れも無い優秀な部下。
なんと使い勝手のいい駒だろうか。
まあ、あれほど人の心情を読むのに長けた男なら女に騙されることも無いだろうが、いつか女に刺されるかもしれないな。
そんなことで右腕を失っては、私も笑いものだが……、まあそうなったらそれでも構わない。
――腕は1本ではないのだから
ユーリ・ハワードに勅令を伝えてから1か月後。
私は、首を長くして奴の帰りを待っていた。
任務に失敗している可能性は考慮していたが、そこは心配はしていなかった。
奴ほどの男が連れ帰れないのならば、他の者も同じだと確信していたからだ。
そして奴は見事、勇者の引き籠っているといわれる場所から連れ出してきた。
――1人の女を
「………」
私はこの男が何を考えているのか理解できなかった。
なぜ女を連れてきた?
勇者はどこだ?
なぜその女はそんなに笑顔なのだ?
ユーリーよ、いつものように私の意を汲み、答えてくれ。
そう願いながら無言のまま、私の前に立つ2人を見る。
そして沈黙を破ったのは、私の意を汲んで答えるユーリーの声でも、我慢の限界に達した私の怒声でもなく、謎の女だった。
「私の名はエリオット、姓はハワード。エリオット・ハワードだ。よろしく頼む」
――エリオット、勇者の名だ……ん? ハワード? 何を言っている、何が起こっているのだ。まさかユーリー、貴様嫁探しでもしてきたのか?
謎の女からの自己紹介にますます混乱を極める私に、やっとユーリーは口を開く。
「彼女は女性ですが、勇者本人と思われます。勇者は、女性でした」
ほう、そうか。勇者は女だったか。
「あと、彼女と私は夫婦になります」
いや、それが分からんのよ。
なんで?
「なんで?」
「私とユーリーが一緒になることはごく自然のことだ。私たちは互いに制約をかけ、互いを裏切ることのできない身となった。つまり私たちは一心同体、二つで一つ、運命共同体となったのだ」
「は?」
「ローウッド閣下、ご理解ください。俺にはどうすることもできませんでした」
そういって2人は説明責任を果たしたとばかりに満足気な顔をして部屋を出る。
広い執務室に取り残された私は、ただ口を広げ呆然としていた。
(何かの悪い夢だ。今日はもう寝よう。明日になれば忘れられる)
翌朝、またもユーリ・ハワードと勇者エリオット改めハワード夫人が私の政務室に訪れる。
私はしばらく頭をかかえ、また自宅に帰り寝室で眠りについた。
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