第3話
同窓会会場は、駅近くのホテルの宴会場だった。
エレベーターの扉が開いた途端、ウェイティングドリンクを片手にふらふらと歩く人もいれば、何人かで固まって話に花を咲かせている人もいる。
これは、あれだ。
ひよりは、結婚披露宴前とよく似た光景を目の前にふっと緊張が少しだけ緩む。
久しぶりの親戚と顔を合わせるような、気まずさと温かい懐かしさ。
違うのは、走り回る子どもが一人としていないこと。
受付に座る同級生の胸元の名札を見て、ぎょっとする。
あの時書いた将来の夢が、名前の下にはっきりと書かれていた。
いやぁ、ダメでしょ。
面白いけど、いかんでしょ。
手元にあるテーブルから、名札を取る。
水野ひより 宇宙飛行士。
「ひより! 久しぶり〜」
声を掛けられて、そちらを見れば最後に会ったのは……。
「中学校の卒業式以来よね!?」
名札に書かれた名前を見て思い出した。
山崎 杏里 水族館でイルカと泳ぐ人。
「杏里ちゃん! 久しぶりだね〜」
ひよりの視線が、名札にあったのを見た杏里は、ニヤッと笑ってふくよかな体型に両手を滑らせる。
「イルカとは泳げなかったけど、わたしが今ジュゴンに似ているのは、そのせいじゃないわよ?」
「……それ。もう何人に言ったの?」
「挨拶した人、全員。……あ! ひよりも、夢挫折組だね? 宇宙飛行士はナイわー」
ひよりの名札を見て、しみじみと頷く。
「あー。コレね」
苦笑いをするひよりに、杏里は笑顔で「みんなもう向こうにいるから行こうよ」と力強く腕を引いた。
促されたほうを見ると、中学時代よく一緒にいたグループの子達が集まっている。
手を振ると、みんなが大きく振り返す。
残っていた緊張は、すっかり興奮に変わっていた。
立食パーティー形式の同窓会は、入れ替わり立ち替わりたくさんの人と会えるし、疲れて一人になりたい時には、御手洗いを言い訳にそっと会場を抜け出せて意外と良いなと、ひよりは会場外の椅子に座って、酔いを覚ましていた。
受付が終わり写真を撮られたのは、こういうことかと、会場で配られた出席簿を眺めていると、手元がふっと暗くなったので誰かが探しに来たのねと顔を上げる。
目の前に立つ青年は、ひよりの持つ出席簿を覗き込んでいた。
「卒業アルバムの写真の隣に……コレは今日の写真?」
懐かしい声によく似ている。
顔も……?
「……司?」
思わず口元を押さえた。
「よく、そう言われます」
歳の頃は二十五、六といったところだろうか。つるりとした張りのある若々しい肌。バランスよく筋肉のついた引き締まった肉体に、滲のない手、長くきれいな指。
顔は……司が青年の時は、きっとこんな風に知的で色気のある笑い方をしていたんだろうと思われた。
「水野……ひよりさん? 確か、幼馴染みですよね」
「司は?……司はどうして来れないの?」
「帰れなくなったんです」
そのひどく悲しそうな様子は、ひよりの胸を締め付ける。
「それで代わりに?」
頷く青年に、ひよりは優しく笑いかけた。
「そっか。残念だけど君に会えて、嬉しい」
「宇宙飛行士は、ムリでしたか?」
「ぜーんぜん。ムリ。でもね、少しでも宇宙の近くにって航空管制官になった。司……お父様は? タイムマシンには……ムリよね。そんな話聞かないもの」
ひよりが持つ出席簿を、青年に渡す。
「これ、お父様に」
青年は、素直にありがとうと笑って、ポケットにしまう。
「さてと、もう行かなくちゃ……。会いに来て良かった」
その言葉を聞いたひよりが立ち上がると、青年は悪戯そうな笑みを浮かべて言った。
「タイムマシンに乗って、ここまで来たって言ったら?」
「……えッ?」
「じゃあな。ひより」
背を向けたその姿が、あの日の司と重なって見えた。
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