第1話 


 前の席から一枚の色紙が回ってきた。


 中心に楕円で囲まれた中に書かれている文字は『将来の夢』。

 卒業式に向けたクラスの寄書きだ。

 ホームルームで紆余曲折のあとに決められた、四十年後に開くことになった同窓会。その時まで、保管しておいてそこで改めて披露されるらしい。

 すでにクラスの半分以上は、書き込み済みだった。


 警察官になってるかも。

 ぜったいにサッカー選手。

 ミュージカル俳優で。

 化学者。

 とりあえず金持ち。

 困っている人を助けたい。

 エンジニア、かな。

 世界的なマジシャンになっているはず。

 医者になる。

 マジで野球選手。

 何かの社長。

 考古学者になって世界を飛び回る。

 宇宙飛行士。

 水族館でイルカと泳ぐ人。

 絵を描いていたい。

 めちゃくちゃ有名な芸能人。


 夢の後にそれぞれの名前が書いてあるのを見て、ふーんと思う。

 少し悩んでから、空いているスペースを大きく使って書き込んだ。



 タイムマシンで未来に行く。進藤 つかさ


 

 

 「司さぁー。……あたし、見ちゃった」

 

 水野ひよりは、なぜか膝を使い小さく跳ねるように歩く。その癖のある歩き方のため、制服のプリーツスカートはいつも楽しそうに、ひらひらと宙を舞っている。


「……見たって、何を?」


 下校途中、周囲に誰もいなくなったことを確認したひよりが、司に内緒話をするように言った。


「司の……将来の夢」


 ああ、そんなことか。


 司は、ちらっと隣を歩くひよりに視線を送ると、また前を向いて歩きながら答える。


「何書いたって、別に良いだろ」


 にやにやした笑い顔を隠そうともせず、ひよりは司を揶揄からかった。


「どー考えてもタイムマシンとか、あり得ないから。そんなん司が創れるわけないし」


「……創るって書いてなかったろ。そもそも、おれは乗るだけ」


「やっぱ、馬鹿だ〜。安定のバカ」


 何がそんなに可笑しいのか。

 笑い転げるひよりを横目で見ながら、内心で司は首をすくめる。


「あのさぁ。おまえ、おれをバカだって言うけど。おまえも相当イタいから」


「なんでよ?」


「宇宙飛行士……。難しいと思うけど?」


「ふんッ。これでもあたし、県内一の進学校に入学が決まってますし? しかもあの高校の東大進学率知ってる? 全国ベスト二十位内に入ってるんですからね。司とは比べものにならないと思いますが、何か?」


「……その短絡的な性格は得だよな。その学校のトップ集団は凄いのかも知んないけど、おまえがそこでそん中に入れるとは、まだ分かんないのに、ホントすげーよ」


 ひよりが頬を膨らませ、司を軽く睨む。

 夕陽がその頬をオレンジ色に染めていた。

 長い髪がふわりと揺れて、ひよりが隣を歩く司を追い越して走り出す。

 少し離れたところで振り返り、肩にかけた鞄を司に向かって投げた。


「やーい。本当は悔しいんでしょう? 優秀で可愛い幼馴染みと、もうすぐお別れしなくちゃならないんだもんねー!」


 投げられた鞄を受け取ると、投げ返しながら司は言う。


「まあなぁ? 悔しいんじゃなくて、寂しいんだよな……おまえ……がッ!」


「おまえ言うな。昔みたい……に、ひよちゃんッて……呼べ!!」


「誰が……呼ぶ……かッ!」


 全身を使って鞄を投げ合いながら、二人はいつの間にか大きな声で笑っていた。


「ね。引っ越してもいつかは日本に帰ってくるんでしょ?」


「多分な」


「それなら……せめて同窓会には来るって約束してよね」


「まあ、おまえが宇宙飛行士になれなかったのを、笑いに行かなくちゃいけないし」


「あたしもタイムマシンに、乗れなかった司を笑わなくちゃいけないし」


「どうだろうなー」


「卒業式、出てから行けばいいのに」


 鞄を抱きしめたひよりが、出来ないと分かっていることを言うのを、司は黙って聞いていた。

 気づけば二人の隣り合った家が、目の前にある。産まれた時からの幼馴染み。何をするのも、何処に行くにも一緒だった二人。初めて別々の世界に踏み出そうとしていた。


「じゃあな。ひより」


 司が先に家の中に入るその背中を、ひよりは目に焼き付ける。


「さよなら。また……ね」

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