第405話 カールくんとシャルロッテ、日本に行く

「実は市郎さんにお招きいただいて、ショートさんが生まれたニッポンに行くことになったんです」


「なんだって」


 シャルロッテがそういう話をしてきたので、俺は大変驚いたのである。

 それってつまり、彼女を家族に紹介します……とかそういうサムシングなんじゃないのか。


「もうそこまで仲が進んでいた……?」


「ええ……はい……」


 シャルロッテが耳まで赤くなった。

 うーむ、カールくんのお母さんは可愛らしい女性だ。

 もともとは伯爵家の妾だったのだが、正妻に男児が生まれたことで、カールくんの存在が邪魔だとされて追い出されたのだ。


 それが、縁あって市郎氏と知り合い、仲を深めて今に至る。

 市郎氏は農協から世界の壁を超えてうちに赴任してきた男性で、実直な感じのメガネ青年だ。


「カールくんとはどうなの」


「カールは市郎さんと、だんだん打ち解けてきた……と思います。私が我慢しなくちゃって思ってたんですけど、カールはお母様が幸せじゃないとぼくは嬉しくないって……。子どもに背中を押されちゃいました」


「カールくんも偉いなあ」


 俺は大変感心した。


「なので、市郎さんがご家族に紹介してくださるって……」


「やっぱり! いいじゃないかいいじゃないか。楽しんで来なよ。護衛でアリたろうつけるからさ」


「アリたろうさんを!?」


「あいつは日本にそこそこ慣れてる」


 さて、そんなシャルロッテがどうして俺に報告してきたのかと言うと……。


「日本では、魔力を持っているとよくないことが起きると聞きました」


「ああ、そうそう。あっちの世界の魔力は多分、はるか昔に枯渇したか変質したんだ。それと同時にな、向こうの世界……地球からは神秘が消え失せた。たまたま今は、このワールディアとあとひとつの世界としか繋がって無いからいいけど、侵略の意志を持った世界と繋がるとやられるな」


「そうなんですね……。……? あと一つの世界って」


「ああ、向こうに行った時にちょっと調べた。東京ってのが日本最大の都市でな。その上空に穴が空いてる。その穴が、別の異世界に繋がってるんだ。それはワールディアと同じ宇宙に存在する異世界だってのは調べがついててな」


 だが、あっちではおおっぴらに魔法を使えない。

 結界やらで覆って、影響を最小限に抑えているのだが……。

 ある程度の規模の魔法を使用すると、結界を越えて地球を神秘返りさせてしまう可能性がある。


 やばいやばい。

 だから、遠く離れた東京の事を観察するのが難しいのだ。

 もちろん、バビュンを使って移動することもまた、ある程度以上の規模の魔法に入る。


 遠くから推察するしかないというわけだ。


「おっと、だけどそんな話はどうでも良かったな。はい、じゃあこれ結界ね。カールくんはもう使えるから大丈夫。シャルロッテもこれで安心だ。楽しんで来なよ」


「はい、ありがとうございます!」


 その後、アリたろうに声をかけると、彼は気持ちよく引き受けると言ってくれた。

 このコアリクイは人間ができている。


 帰ってきたら、ペースト状にしたお肉のスープを作ってやる約束をしたのである。


 その後、市郎氏とシャルロッテ、カールくんの旅立ちを村人みんなで見送った。


「あいつらはちょっと事情が違うからなあ。あ、俺に近いっちゃ近いのか」


 ブルストが顎を撫でる。


「そっか、ブルストは奥さんと死に別れてるもんな」


「そういうこった。カトリナとカールはそういう意味で立場が似てるとも言えるな!」


「二人ともしっかりしてるしな」


「私しっかりしてる? ふふふ、もうやだー」


 カトリナが横で聞いてて、笑いながら俺をペチペチしてくる。

 オーガのペチペチはだいたい、ヘビー級ボクサーのジャブくらいの威力だ。


「おかたん、かーうどこいくのー」


「マドカは行ったことあるところだぞ。日本な」


「おー。じいじとばあばのとこいくの!」


「そのもうちょっと向こうかな。市郎氏のおうちにね」


「いちおー!」


「そうそう」


 実家のテレビに繋がっている扉が開く。

 というか開きっぱなしだ。


「では皆さん、行って参ります!」


 市郎氏が一礼すると、村の仲間がワーッと盛り上がった。

 男を見せろー、とか、戻ってきたら家族だな! とか。


 みんな、二人の関係を急かさずにのんびり待っていたのだ。

 それが進展するとなれば、我がことのように嬉しい。


 田舎では人間関係こそが娯楽だからな。

 うちの村はかなり理想郷なので、人のマイナスな噂話などは存在しない。

 明るい娯楽だけだ。


 ただ、これってうちの村がある土地によって、住む人々の心が変わっていっているからかも知れないと思うようになった。

 俺がい続けるだけで、この地が変質していっているらしいからな。


「行ってきます。お土産持ってきますね」


 シャルロッテが手を振って扉の向こうに消え、最後にカールくん。

 ちょっと緊張の面持ちだ。


「ししょう、いってきます!」


「おう、行って来い! 案外、向こうで新しいおじいちゃんおばあちゃんができるかも知れないぞ」


「あたらしい、おじいちゃんとおばあちゃん……!?」


 ちょっとびっくりしたようで、目を丸くするカールくん。


「あの市郎氏の親だ。信用できるんじゃないか? ま、困ったらアリたろうに頼ってくれ、カールくん。だが、俺は君が自分の力で色々な事を解決できる男だって知ってるぞ」


「は、はい!」


「がんばれ!」


「はいっ!」


 元気よく返事をして、カールくんも扉をくぐった。

 そしてアリたろう。


 すっかり慣れたもので、適当に「もがー」と手を振ると、扉にぴょいんと飛び込んだ。


「ねえショート」


「なんだいカトリナ」


「そのね……市郎さんとシャルロッテさんの里帰りの様子を、ちょっとみたいなーって」


「ははあ……」


 振り返ると、奥様軍団が期待に目を輝かせている。

 俺の能力をみんなに話したね、これは……!


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