第291話 バインの冒険
バインは自ら移動することはない。
いや、一応横になり、ゴロゴロ寝返りをうって動くことがある。
だが、一歳だというのにハイハイするつもりすら無いようである。
ブルストとパメラはそんな事を気にした様子もなく、大らかな感じで育てていた。
「オーガには珍しくねえんだよ。ずっとハイハイすらしないまま、いきなり立って走り始めたりするのがな。そういうやつは、大抵とんでもねえ脚力を持つようになるな」
「体がある程度完成するまであえて動かないわけか」
「そういうこった」
「ミノタウロスは、生まれてから半年くらいでハイハイするからねえ。でも、ブルストが当たり前みたいな顔してるから、あたしも焦ってないよ」
だそうである。
だが、二人が目を離している間に、バインが何やらやっているのを見かけた。
物陰から、スッとアリたろうが顔を出す。
ウィーンと音を立てて、二等兵もやって来る。
「うま!」
『もがー』
『いい作戦です』
なんだなんだ……!?
俺は髪の毛を一本引き抜くと、こいつを媒介にして超小型の二頭身の分身を作り出した。
偵察魔法プチドロン(俺命名)である。今作った。
「見てこい、プチドロン」
プチドロンは俺と視界を共有している。
こいつで、バインがやることを確認しようというわけである。
「んまー!!」
高らかに吠えたバイン。
彼をガシッと掴んだアリたろうが、背中にひょいっと載せた。
むぎゅっとしがみつくバイン。
ほう、赤ちゃんだが腕力だけならかなりのものだな。
自分の体重を軽々支えている。
『もがー!』
『随伴はお任せください』
こうして、アリたろうと二等兵が並走していく。
おお、速い速い。
小走りになった大人くらいの速度だ。
アリたろう、手加減してやってるな?
どうやらこいつらは、勇者村周辺を巡るつもりらしい。
どーれ、怪我をしないように見守らねば。
もりもりと突っ走るアリたろう。
勇者村は以前よりも、ずっと拡大されている。
だから一周すると言っても、かなりの距離である。
先日切り開いた小高い丘の辺りを走ると、村を一望にできる。
「おー」
バインが感嘆しているな。
そして、畑で働いているちびっこたちを目撃したようだ。
ルアブにカールくんだな。
バインからすると、年の近いお兄さんたちだ。
「うーあー」
『もがもが?』
「あぶぶ、あー」
『もがー』
『なるほど』
おい二等兵、何がなるほどなんだ。
お前、赤ちゃん語とアリクイ語が分かるのか!
『さっぱり分かりません』
おい!!
ノリだけで物を言っていたか。
いや、ロボットでそれってのはかなり高度なコンピューターを積んでいるのではないか。
『もが』
おっ、アリたろうが動き出した。
バインを載せて、のっしのっしと歩く。
アリクイは移動時は基本的に四足なので安定している。
上にしがみつくバインは、まんざらでもなさそうな顔で揺られていた。
そんな彼らの道行きは、平穏なものばかりではない。
突然目の前の茂みがガサガサと鳴ると、イノシシが姿を現したのだ!
『ぶもー!!』
『もがー!』
いきなりいきりたっているイノシシ。
アリたろうは咆哮を返すと、そっとバインをつまんで地面に置いた。
「あぶ?」
『もが』
『これは大変です。ワタクシ戦闘能力は一切ありませんので蹂躙されます。助けてください』
二等兵の戦闘能力っぽいのはこけおどしだったか……!
だが見ていろ。
勇者村四天王の第三席、努力によってフィジカルモンスターたるガラドンを退け続ける、地上最強のアリクイたるアリたろう。
こいつに任せれば問題はない。
『ぶもおおお!!』
イノシシは突っ込んできた。
猛烈な勢いである。
体高が直立したアリたろうと同じくらいある。
そう。
直立である。
アリたろうはすっくと立ち上がり、両腕を広げて威嚇のポーズを取っている。
その腹に、イノシシが突っ込んだ。
これをアリたろうは、真っ向から受け止める!
『もが!』
『ぶも!?』
イノシシの突撃が停止する。
いや、その四肢は虚しく空を掻いているではないか。
イノシシが、徐々に持ち上げられていく……!
『もがー!!』
アリたろうはイノシシの頭を両腕で抑えたまま、自らの頭上まで軽々と抱え上げたのだ。
そしてそのまま、垂直落下式ブレーンバスターを叩き込む。
『ブモグワーッ!!』
イノシシの頭が地面にめり込み、動かなくなった。
アリたろうが悠然と立ち上がる。
『もが』
「あばー!」
バインが笑顔になり、ぺちぺちと拍手した。
赤ちゃんなのに、闘争を喜ぶとは!
さすがはオーガとミノタウロスのハイブリッドだな。
バインの目が、新たな感情を宿してキラキラしている。
これは尊敬の目だ。
男は強い者を尊敬する。
バインは今、アリたろうという強者を知ったのだ。
『ひえー。あなた本当にコアリクイですか。大きなイノシシを一蹴するコアリクイなんて見たことないですよ』
二等兵のデータベースにはコアリクイがいるのか。
オーバーロードとやらが住んでいたところも、ワールディアや地球のような場所なのかも知れんな。
『もがー』
アリたろうは、大したこと無いよとでも言うように爪を振り、またバインを背中に載せた。
「あぶあー!」
アリたろうの上で、大はしゃぎのバイン。
俺、今こんなすげえやつに載せてもらってるぜ!! みたいなテンションだな。
赤ちゃんというのは思ったよりも、理解力が高いのかも知れん……。
そう言えば、かつてはビンもこうやって、トリマルと一緒に冒険していたな。
勇者村の赤ちゃんの通過儀礼なのかも知れん。
やがて、パメラがバインの留守に気付いたころ。
一人と一匹と一個?が帰ってきた。
「あらバイン。どうしたのー? なんだかいっちょまえの男の子みたいな顔して!」
「あーぶーあー!」
おうおう、お母さんに今日の冒険のことを伝えたくてたまらない、と言う感じだな!
『もがー!』
『ではこれでー』
「あい!」
ともに冒険をした者同士でしか分からない絆ってあるよな。
そしてひと目でそれが分かってしまうパメラも流石。
「おいショート、今日はなんでニヤニヤしながら作業してるんだ?」
「おうブルスト。帰ってからバインと話してみろ。あいつは一回りでかくなったぞ、人として」
「おう? おう」
ブルストはいまいち分かってない顔をしているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます