第93話 ビンとトリマルの冒険
フックとミーが慌てている。
ちょっと目を話したら、ビンが消えたらしい。
まだ赤ちゃんだもんな。そりゃあ焦る。
「どうしよう、ショートさん!」
「ビンにもしものことがあったら……」
「ビンなら大丈夫だと思うが、俺に任せてくれ。見ろ。鳥舎の鍵が開いている。そしてホロホロ鳥の中で一番でかいやつがいない。トリマルだ」
俺の予想では、恐らく彼らは、一人と一羽で一緒に用水路に遊びに行ったのだろう。
普通の赤ちゃんなら危険だが、ビンは特別である。
そしてトリマルも特別である。
あの二人が揃うと、下手な魔将クラスでは相手にならんだろうな……。
どーれ、遠隔設置魔法、ツウハーン(俺命名)を使って、トリマルへとコルセンターを設置しよう。
この魔法は、俺のコルセンターなどを遠く離れた任意の相手に掛けるための補助魔法だ。
俺が個人情報をよく知っている相手にしか使えないので、なかなか使い勝手が難しいのだが。
トリマルならば、めちゃめちゃよく知っているので余裕でいける。
よし、掛かったぞ。
「フック、ミー、来てみろ。これでビンが何しているのか見られるぞ」
俺は、コルセンターを展開した。
空間に窓が開き、そこからトリマルとビンの姿が見える────。
「あばぶー」
「ホロホロ」
赤ちゃんと鳥のコンビが、二人並んで畑の横を歩いていく。
ビンも、つかまり立ちしなくてもポテポテ歩けるようになったのだな。
赤ちゃんの成長は早い。
「あばうー」
「ホロロ」
何か見つけて指差すビン。
そっちを見るトリマル。
一人と一羽で、寄り道をし始めた。
「あっあっ」
ハラハラしているミーが、今にも駆け出しそうである。
「まあ待つのだ。子どもの自立心が育つことは大切だ。それに、コルセンターがあればいつでもビンをお取り寄せできる。このまま見守ろうじゃないか」
「ショ、ショートさん。俺ら心配で心配で……! これ見ながらビンのところに行くってのはダメですか」
「あ、それいいな、そうしよう」
そういうことになったのだった。
ビンとトリマルの冒険を見ながら、フックとミーがずっとハラハラしている。
俺としては、トリマルがついている以上、この辺境で彼らを害せる者などいないことがよく分かっているのだが……。
まあ、どう見ても大きめのホロホロ鳥と赤ちゃんのコンビだしなあ。
ビンが石をひっくり返して、虫をつまんでいる。
トリマルがそれを、スッと嘴で取った。
「あば」
「ホロロー」
虫を食べちゃうトリマル。
ビンが虫を食べる前にさっと胃袋に収めたな。
ナイスプレー。
「あぶぶー!!」
「ホロ、ホロホロホロー」
赤ちゃん語で抗議するビン。
この辺り、泣かないのがビンの特別さを現している気がする。
あいつ、もう既に理性で色々考え始めているぞ。
これに対して、トリマルが何やらホロホロ鳥語で丁寧に説明している。
「ぶ」
お、伝わった。
ビンが納得したらしい。
一つ学んだな。道端に落ちてる虫をそのまま食べたらお腹を壊すのだ。
生水飲んでウグワーするようなのは俺だけで十分だからな。
経験から学んではいけない。
それでは体が幾つあっても持たないし、その経験が致命的なものだったらそこで終わりだ。
先人が積み上げてきた歴史から学ぶのだ。
「ぶ!」
ビンが立ち上がった。
またポテポテ歩き始める。
トリマルが続いた。
すると、茂みがガサガサと鳴る。
これは動物が現れる気配だ。
「あ、あ、あぶない」
「どこにいるの、ビンー!」
おっと、フックとミーが走り出したぞ。
「二人とも、ビンがいるのは用水路の近くに決まっているだろう! そっちじゃない! 逆、逆!」
焦る気持ちは分かるが慌て過ぎである。
俺がその力を認めた我が子第一号、トリマルの力も信じてやってほしい。
あそこ、世界で二番目に安全だから。
茂みから飛び出してきたのは、何やらモコモコとした生き物だった。
長い毛で覆われた、しましま模様の体。
長く伸びた爪に、フッサフサで大きな尻尾。にゅーっと突き出した鼻面。
コアリクイである。
コアリクイはビンと鉢合わせになり、ビクッとした。
そして、ゆるゆるーっとした動きで立ち上がると、前足を振り上げた。
おお、あれは……。
コアリクイ、威嚇のポーズ!
「ぶもー!」
「あぴゃー!」
これにはビンもびっくり。
そこへ、彼を庇うためトリマルが歩み出る。
悠然とした歩みには王者の風格すら感じる。
「ホロホロー!」
トリマルがつま先立ちになり、緑色の翼を大きく広げた。
「ぶもー!?」
驚愕するコアリクイ。
威嚇するため、大きさを競い合う彼らにとって、トリマルの翼の広さが予想外だったのであろう。
トリマルとコアリクイはしばし見つめ合った。
そしてすぐにコアリクイが前足を下ろす。
降参である。
「ぶもー」
「ホロホロ?」
何か言ってる。
意思疎通してるなああいつら。
「あぶぶー?」
ビンも加わったぞ。
あの赤ちゃん、どうぶつ語が分かるのか。
「ぶもぶも、ぶもー」
「あばー!」
「ホロ、ホロ」
コアリクイの訴えを、ビンとトリマルが理解したようである。
一人と一羽と一匹で、用水路脇を並んで歩き始める。
そして、やって来たのは昨日、小魚がたくさんいた辺りである。
まだ小魚が多くいるな。
そいつらは、用水路の壁側に集まっている。
どうしたのだろうか?
俺はコルセンターをズームモードに切り替える。
なんと、そこにいたのはアリである。
たくさんのアリがいて、たまにポロッと水面に落ちるのだ。
これを狙って、小魚が集まっていたのである。
さては、コアリクイは美味そうなアリの匂いを嗅ぎつけてやって来たのか。
小魚とアリの取り合いである。
だが、ここでビンが動いた。
さっき、石をどけたりすると下に虫がいると学習したビン。
手近な石を転がして、その下に集っていた虫たちを、むんずと掴んだ。
「あばー!」
虫を水面にばらまくビン!
小魚、殺到!
この隙に、コアリクイがアリの巣を爪で崩して食事を始めた。
なかなかのチームプレイである。
満足気にこれを眺めるトリマル。
うーむ、ビンめ、コアリクイのために工夫というものをしたのだな。
日々成長していっている……!!
そこへ、バタバタと駆け寄ってくる足音がした。
フックとミーが到着したらしい。
本日のビンの冒険は、ここまでのようだな。
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