第91話 教会の学校と、図書館のビン

 用水路の建設はもりもりと進んでいる。

 あらかじめ、俺がクロロックの設計図に沿って穴を掘っているので、村人総出で仕上げをやっているのだ。

 水が染みていかないように、石を並べて張り、畑に水を流し込めるように仕掛けを作り……。


 田を作るときには、もっと水門なんかの造りを工夫していかねばな。

 ……と思っていたら、雨季終わり際の強烈なスコールがやって来た。


 その後、スコールは収まったものの、そこそこ強い雨が続いている。

 これは作業にならない。

 今日一日はお休みということになった。


「学校やるわよ」


 突然ヒロイナが宣言した。

 これまで、村の人々にちょこちょこ字を教えたり、ユイーツ神の経典を読み聞かせるなどそれっぽいことをしてきた彼女である。


 ここに来て、司祭らしさを発揮してくるとは……!!


「大したもんだなあ」


 俺が他人事みたいに感心していたら、ヒロイナに肩パンされた。


「ちょっとショート! あたしがこうやって村の識字率を上げる努力を重ねてる時に、あんたはなんであたしの彼氏候補をこの二ヶ月とか三ヶ月とかずっと探せてないわけよ! これはあたしの! 司祭として活動する! モチベーションに関係するの! 村の一大事よ!」


「そんなに比重がある案件だったのか」


 俺はちょっとびっくりした。

 最近、村の中の仕事や、カトリナのお腹の中の赤ちゃんを探ることで手一杯だったからな。


「赤ちゃんがな、手足ができてきたらしくて、腹の中で動いてるのだ。あと、もうユイーツ神と交信を始めてるな」


「あんたの家庭事情とか細かく聞かされてもダメージはいるだけなんですけど!? というか、何そのユイーツ神教の存在を根幹から揺るがすような情報!?」


「あいつ俺の子どもをリクルートしようとしてるんだよ」


「うちの唯一神をあいつ呼ばわりしないで!?」


「わかったわかった。今度、王都から若いの一人連れてくるよ。ブレインが書庫整理できそうな助手が欲しいって言ってたからさ」


「へえ」


 ヒロイナが鼻を鳴らした。


「パワースじゃだめなの? あれ、図書館で寝泊まりしてるじゃない」


「パワースだと難しい字が読めないから、魔本の整理に向いてないんだよ。本人も頭脳労働すると頭が割れるように痛いって訴えてきてる」


「使えないわねえ……」


「常人なら魔本整理してると発狂するからな」


 ということで、魔本の整理できるだけの魔法抵抗能力があり、なおかつ魔本を読めるだけの知識を持ち、そしてヒロイナのお眼鏡にかなう容姿を持った男子を探さねばならん。

 面倒だが仕方ない。


 なにせ、ヒロイナはなかなかいい仕事をするのだ。


 教会の学校に、村の仲間が集ってきた。

 フック、ミー、ビンの一家。

 ブルストとパメラ。

 リタとピア。

 この七人……いや、ビンはこっちで預かるから、六人が生徒だな。


 この世界の識字率は低い。

 本を読める人間が大体1%くらいで、あとの99%は自分の名前を読み書きできれば御の字だ。

 商売やってる人間なら、相場に関する用語くらいは読める。


 うちのパーティは、パワースがちょっと怪しいものの、基本的にみんな読み書きができる。

 インテリパーティだった。


「やっぱりね、辺境の村では使わないかもって話だけど、こんな仕事と生活以外何もないところで本が読めないのは暇すぎるでしょ。文字読めて悪いことはないわ」


 ヒロイナが立派なことを言う。

 生徒たちは、おおーとどよめいて拍手をした。


 リタとピアは日々、ヒロイナから学んでいるので簡単な読み書きができるようになっている。

 今回は復習という感じだろうな。


 他の村人は、魔本に朗読してもらい、それを聞いているだけだった。

 これからは自分の力で本を読めるようになれば、世界が広がることであろう。


 さて、俺はビンを抱っこして図書館に。

 魔法で雨よけしつつ、ぶらぶらやって来た。


「やあ、いらっしゃい」


 ブレインがお茶を淹れて待っている。

 既にカトリナがいて、魔本の朗読に耳を傾けていた。

 胎教というやつである。


「なんかね、この子がお話を聞きたいって言った気がしたの」


「ほう、やっと赤ちゃんの形になったようなうちの子がか」


 ありうる。

 妊娠六ヶ月くらいの状態で、神と交信しているような子だ。

 ませてるんだな。


「ぱーぱー」


 ビンが何やら言った。

 最近、簡単な単語なら喋れるようになったのだ。


 フックは、パパと呼ばれたと狂喜して村中を駆け回っていたな。


「どうしたビン」


「ぷーぷー。ぽん、ぽん」


 身振り手振りを見て判断する。


「つまり、腹の中のうちの子が、お前に話しかけてるのか」


「だう」


 そうらしい。

 ビンも、生まれるところをユイーツ神が取り上げたので、大概普通の赤ちゃんではない。

 一歳の誕生日を間近に迎えた今、ビンはその知性を発達させつつあった。


 具体的には、生後十一ヶ月くらいにして、赤ちゃん語で魔本と何かお喋りしているくらいだ。

 魔本に、「ビンは何言ってるの」と聞いたら、『いやあ、さっぱり分かりません』と返ってきたのでやっぱり言葉はまだ出来上がってないようだが。


 かくして、俺の膝の上のビンと、カトリナとお腹の子で、魔本が語る物語を聞くことになる。

 雨の音に混じって、魔本の朗々たる語りを聞いていると、こう……眠くなってくるな。


 こっくりこっくりしていたら、ビンの指が俺の鼻の穴に突っ込まれた。


「ウグワー!」


 ぶっ倒れる俺。


「あぶー! しょーしょー、めー!」


「悪かったよ。お話聞きながら寝たら、ビンが落ち着いて聞けないもんなあ」


「だう」


 ビンがちっちゃい鼻から、ぷすーっと鼻息を吹いた。

 カトリナがくすくす笑う。


「ビンちゃんはね、寝る時にお話を聞かせると、お話が終わるまでずーっと起きてるんだって。最後までお話してもらわないと寝ないように頑張るだって、ミーが言ってた」


「お話大好き勢だったか。というかお前さん、図書館に入り浸ってるそうじゃないか。これはブレインの直弟子になるか……?」


「あばばーう! あぶーぶー!」


「わかったわかった、お話中だもんな! おじさんは静かにするよ」


 まさか赤ちゃんに叱られるとは思わなかった。

 お話ガチ勢ビン。

 恐るべし。


 魔本がお話を三つほど語り終えたところで、ビンは頭脳を使って疲れたらしく、ぷうぷうと寝息を立てて寝始めてしまった。

 こうしている間にも、この男の脳内ではお話によって新たな頭脳が構築されているに違いない。

 末恐ろしい赤ちゃんである。


「でも実際、この赤ん坊、ブレインをリスペクトしてるっぽいぜ」


 別の魔本を読んでいたパワースから、意外な話を聞かされる。


「なんと、そうなのか!?」


「ええ。私のやることに興味があるようで、魔本整理にも顔を出して、つかまり立ちをしながらついてきます」


「ほうほう」


「後は、私が見るところ……彼には魔法の才能がありますね。特殊な生まれからかも知れませんが、それも卓越した才能です。既に、念動魔法のようなものを少し扱えますよ」


「あー、そう言えば!」


 カトリナが手を打った。


「離乳食を食べてる時、嫌いな野菜が入ってると、気がついたら自然に床に落っこちてるってミーが」


「嫌いな野菜を除けるためだけに念動魔法を編み出したか!!」


 俺は感心した。

 こいつは大物になるぞ。

 今は鼻ちょうちん膨らませながら寝てる赤ちゃんだが。


 案外、うちの子といいコンビになるかも知れんな。


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