第67話 残る人と麦の乾燥

 朝。

 ブルストとパメラが妙にツヤツヤしてるので、村のメンバーは全員察するのである。


「なんでじろじろ見るんだ?」


 ブルストは妙に居心地悪そうだ。

 普段そこまで注目されないもんなあ。


 むしろ、注目を浴びているのは彼の横にいるミノタウロスの女だろう。

 牛の頭蓋骨を外すと、その下には立派な横から生えた一対の黒い角。

 そしてウェーブが掛かった黒髪が背中の半ばまで伸びている。


 ほうほう、なかなかの美人さんではないか。

 身長が2mくらいあるから、頭身も高い。

 ブルストと並ぶと絵になるな。


「でな、みんなに言う事がある。パメラがな」


「あたい、雨季が終わるまではここに残ろうかな―って」


 ちょっと照れながら言うパメラに、みんな「だよねー」という顔になった。

 職人二人は、うんうんとうなずき。


「そうだな。まだお祭り職人は不安定な仕事だしなあ。パメラもそろそろ若くなくなってくるから、どこかに居着くのもいいよな」


「若くないって何さ!?」


「うわーやめろパメラー!」


 おっと、凄い失言で朝食の場でどっかんどっかん騒ぎになったぞ。

 だが、ブルストが後ろから、パメラをぐいっと引き寄せた。


「まあまあ、いいじゃねえか。ってことでだ。パメラは俺が引き受ける。いいな?」


「もちろんだ」


「うちのじゃじゃ馬をよろしく頼むぜ」


 ブルストが職人たちとガッチリ握手を交わした。


「新しいお母さんってことになるのかな?」


 カトリナ、動じていない。

 後で聞いたら、パメラのご年齢は二十七歳。

 この世界だと大きい子どもがいて当たり前くらいのお年頃らしい。


 ブルストも三十三歳で、カトリナという成人した娘がいるしな。

 この世界は色々と早い。


 まあ、落ち着ける場所ができて良かったではないか。

 彼女の人格はしっかりと確認しているので、村長である俺としても大歓迎なのだ。


 何より、あの体格……。

 畑作のための強力な仲間がやって来たと言えよう……!!


 そして。

 職人を送り出したその日の昼、晴れていたので、いよいよ麦を乾燥させる作業に取り掛かるのだ。


 雨季になると、一日中雨が降っているような環境になる。

 この間に、大地が栄養を蓄え、植物は芽吹き、動物たちはたっぷりと栄養を蓄えて恋の季節を始める。


 空気はしっとりと湿って、ちょっと重い。

 本来なら、麦を乾燥させる作業には向いていないのかも知れないが……。


「収穫したまま置いておいても腐るからな。火を燃やして空気を無理やり乾燥させて、それで麦を乾かすんだと」


 俺がブレインから聞きかじった知識で説明すると、フックとパメラがふんふん、と頷いた。

 早速実働要員になったパメラである。


 家の裏手にある倉庫では焚き火が幾つも用意されている。

 この周囲で、ひたすら麦を干すのだ。


 使われる材木は、この辺りに自生する油を含んだ樹木。

 ここで、麦が燃えてしまわないように注意しながら干し加減を確認する……。


 それが、ここ数日間の作業だった。


「いきなり地味な作業になったねえ」


「畑仕事なんてのは地味なもんだって」


「そうだったね。あたいの故郷もこんな仕事ばっかりで、あの頃はそれが嫌になって飛び出しちまったんだよね。色々あったけど……村を飛び出してから、この手に残ったのは屋台で串焼きを作るやり方だけだったねえ……」


 パメラが遠い目をしている。


「まあまあ、今はブルストと仲良しになって良かったじゃないか。あのおっさんはいいやつだぞ」


「そうだねえ。いい男だよ!」


 むふふ!と笑うパメラ。

 ここにいるのは既婚者だけだ。

 存分にのろけるがいい。


 さて、作業が始まった。

 といっても、束ねた藁を台に立て掛け、倉庫の中に置いておくだけ。


 薪を絶やさないようにし、倉庫内の乾燥状態を保つ。

 ちょこちょこ換気して、俺たちが窒息しないようにする。

 

 それだけだ。

 ぶっちゃけ地味な仕事だな。


 合間合間で、そろそろ花開く綿花を見に行く。

 花が咲いて実が成って、種子が採れるようになったら収穫だ。


 綿花の収穫も近いんだなあ……。

 スローライフ、本当に仕事だけは幾らでもあるぞ。


 三人メンバーがいるのは、この作業が夜を徹して行われるためだ。

 火を扱うからな。

 今度は上手いこと、乾季のうちに収穫せねば。


 これは反省事項だ。


 三交代制で、乾燥をさせていく。


 その間にパメラを巡る住環境もおおよそ決定してきた。

 パメラはブルストと一緒に、我が家の居間で暮らすことになったのだ。

 二人ともでかいから、個室だと狭すぎるらしい。


 で、それに伴ってブレインが寝床を移動することに。

 今は教会の礼拝堂を借りて、そこで寝泊まりしている。


 すまんなあブレイン。

 ブルストも彼には悪いと思っていて、雨季が終わったら最優先で家を建てる約束をしていた。


「私は気にしていないので大丈夫ですよ。ショートや女王陛下がくれた本もありますし」


 教会の一角が書庫になり、そこにブレインの蔵書が収められるようになった。

 本さえあれば、どこでも暮らしていけるのがブレインという男なのだった。


 最初はクロロック邸を希望していたが、あそこはカエル専用ハウスとして作られているから、人間が住んでいると体を壊しそうな気がする……!

 そう言えば、ブレインの家ができるとして、どういう形がいいだろうな。


 やはりここは……勇者村の図書館……ではないだろうか?

 夢は膨らみ、広がっていくのだ。



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