第64話 迎肉祭、はじまる

 観光客など大量に来られては迷惑なので、お祭り職人は厳選させてもらった。

 というかパメラと、他におっさん二人しか残らなかった。


 何せ観光客なんか、来ても迷惑しかないからな。

 うちの村は金を稼ぐ必要はないし、食料も自給自足で十分だ。


 なので、俺が直接集団面接を行い、頭の中をそっと覗き見て人格を確認した。

 お客様気質なのは全員追っ払ったぞ。


 三十人ばかりアイテムボクースに放り込んで帰ってくると、すっかり村はお祭りの色になっていた。


 屋台が三つもある!!

 お祭り職人三人残したんだから当たり前か。


 迎肉祭参加条件は二つ。


1・自ら参加者であり、盛り上げる人間であると自覚すること。

2・肉を持ってくること。


 これだ。

 どっちも譲れない。

 なので、手前村まで来てたどこかの貴族とかは全部追っ払った。


 肝心の貴族が肉を持ってきてないじゃないか。

 話にならん!


 次々にアイテムボクースから人間を取り出しつつ、俺は思い返す。


 お断り通知をもらい、公衆の面前で恥をかかされたと激怒する貴族。

 貴族に恐怖を植え付けて逃げ帰らせる俺。


 実に無駄な時間だった。

 今は祭りに専念したい。


「鳥さんだ!!」


 連れてきた人々に混じってた子どもが、歓声を上げる。

 村の中心に、ブルストが作ったホロホロ鳥の鎮魂の像があるのだ。

 あれの足元が鳥塚な。


「たくさん連れてきたなあ」


 像に、刷毛で油を塗っていたブルストが目を丸くした。

 この辺りは南国なので、像をコーティングしておかないとすぐに腐る。


 俺たちの家だって、この辺りの木々から採れるヤニなどで表面を塗ってあるのだ。

 こうすると中に虫も入り込めなくなる。


「厳選された連中だぞ。あと、間違っても客じゃない。参加者だ」


「おお、いいな! 祭りはお客様の気分なやつがいるだけで、みんなの負担が増すからな」


 ブルストも同じ気持ちのようである。


「ショート、この後はカトリナを連れてぶらぶらしたらどうだ?」


「そうだな、そうしよう! ブルストはどうするんだ?」


「俺はこれから、屋台を手伝いに行かんとな。まだ完全に組み立てが終わってない。この村で、他所で使うような細い屋台じゃあやっていけねえからな」


 確かに。

 虫とか多いし、地面は柔らかいし。


 雨季に入ってきて、時折どばーっとスコールが降り注ぐこともある。

 防水用の設備も必要だし、大きな雨宿り所もいる。


 余計な設備が増えると、維持が大変だし壊れた時にゴミになるんだけどなあ。

 だから、人間はあまり来ないほうが良い。


「ショートがなんか難しい顔してるねえ」


 カトリナが覗き込んできた。


「うむ。勇者村の村長として、色々難しい課題に直面しているんだ。人の数とかな」


「そうだね、たくさん連れてきたもんね」


「ああ。三十人増えると、もうめちゃめちゃなことになる。必要な建物も増えるだろ。しかも一時的にやって来た参加者だから、あいつらのために建物を作っても無駄になる。どうしたもんかなあと思ってさ」


「そうだねえ」


 カトリナがちょっと考え込んだ。


「いつでもバラバラにできるような、そういうので建物を作ったりできないの?」


「いつでもバラバラに……? なるほど!」


 普段は別の用途に使っておいて、いざとなれば雨宿り所になるような、そんなプラモみたいな形式の家を作るんだな。

 それは良さそうだ。

 急な客が村にやってきたときにも使える。


 特戦隊がしばらく滞在した時、あいつら村の開けたところでテント張って暮らしてたからな。

 勇者村コテージがあれば、便利になりそうだ。


「よしよし、それで考えてみよう!」


「うんうん。あ、見てショート! 子どもたちがブレインさんに毛皮のなめし方教わってる」


「ほんとだ。あんな体験学習コーナーがいつの間に……!!」


 リタとピア、その他、参加者の子どもたちを集めて、毛皮なめしの体験コーナーが作られている。

 小さいサイズに切り取られた猪の毛皮を使い、ブレインが専用の台の上でなめしていく。


「さあ皆さん、真似してみましょう。刃物を使いますから、気をつけて下さい。スパッと切れるととっても痛いですよ」


 はーい、といいお返事がある。

 子どもたちはワイワイと、毛皮をなめし始めた。


 ここでなめした皮は持ち帰り、ブレインが作ったなめし革の仕上げテキストを読みながら自宅で仕上げていけるようになっているようだ。


 なるほど、猪の毛皮をそんな用途に……!

 毛皮は肉と交換なので、勇者村にまた肉が増える。


「ショート、見てるだけじゃなくて、私たちも楽しもう? すみませーん、串焼きくださいな」


「あいよ!」


 そこはパメラの屋台だ。

 小さな土窯の上に網が置かれ、串焼き肉が炙られていた。


 今まさに、屋台の天井をブルストが組み立てているところ。

 調理場を最優先にして、屋台の作りは後回しだったんだな。


 もらった串焼き肉は、恐らく豚のものだろう。

 いつも食べている野性味のある猪とは違い、これはこれで繊細なお味……!


「柔らかくて美味しい……。うちの村でも豚を飼いたいなあ」


「ああ。だがバラさないといけないからな! ホロホロ鳥で今回みたいな迎肉祭になるうちの村だと、まだまだハードルが高い」


「ほんとだ。ちょっとずつ豚を飼えるようにしていきたいね」


 カトリナが目をキラキラさせた。

 豚肉の串焼きがすっかり気に入ったようである。

 彼女にも目標ができたか……?


 そこで、ポツリ、とそらから雫が落ちてきた。


「あ、いかん」


 俺はアイテムボクースから魔法の傘を取り出し、カトリナと俺の頭上に差す。

 あっという間に雨足が強くなり、地面を叩くような猛烈なスコールになった。


 あちこちで、きゃーという悲鳴が上がり、人々が雨宿り所に駆け込んできた。


 これは、柱の上に布を張っただけの間に合わせだ。

 一回のスコールには耐えられるだろう。


「ひゃーっ」


 パメラも悲鳴を上げていた。

 土窯の火は消えて、彼女もびしょ濡れだ。


「まさかこんなに凄い雨が降るとはねえ! ひええ、こりゃあ堪らないよ!」


「風邪引いちまうだろ。こいつを被っとけ」


 そこにブルストが、毛皮を投げてよこした。

 油を塗って、水を弾くブルスト手製のレインコートである。


 慌ててこれを被ったパメラ、ホッと一息。


「助かったよ! これ、凄いねえ。こんなとんでもない雨なのに、水が体に触れなくなったよ」


「おう。だがな、スコールの時は体を洗う以外の用事で外に出るもんじゃねえ。こっちに来い。雨宿りだ雨宿り」


 ブルストがパメラの手を引いて、うちに連れて行った。


「……」


 じっと俺とカトリナでそれを見る。


「なんかさ」


「うむ」


「いい雰囲気じゃない?」


「うむ……。ブルストにも春が……?」


「結構前にお母さん死んじゃってから、お父さん一人だったからねえ」


「勇者村のお父さんみたいな男だからな。幸せになってもらいたい」


「あの人はどうだろうね?」


「どうだろうなあ」


 二人で雨の中、ブルストの今後について考えるのだった。


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