13-2

 ――顔だけ。

 その言葉が、何よりフォシアを撲った。


 脆いところを土足で踏みつけられたようで息が詰まる。唇が震え、とっさにこみあげてきたもので喉が震えた。


(……好きで、)


 ――好きで、この顔に生まれついたわけじゃない。

 羨まれ、嫉まれ、勝手に決めつけられる。珍しい服を手に入れようとするのと同じ熱心さで群がられる。

 それなのにひそかに想った人には何の意味もなく、目の前のこの男まで――お前の価値は外側だけだと決めつけられる。


 恐怖と吐き気にまじり、暗い火に似た怒りが胸を焼いた。

 ぐちゃぐちゃにまじった感情が、フォシアの目から雫となってこぼれた。

 ――涙など見せたくないのに、溢れて止まらなかった。


「そうやってはじめから大人しくしていればいいんだ」


 アイザックが粘ついた暗い笑みを浮かべ、片手を離す。だがその手が襟にかかり、フォシアは震えた。

 声が出ない。頭が真っ白になり、それから――。

 

「フォシア! フォシア、そこにいるの!?」


 扉を叩く音とともに、耳慣れた声が天啓のように響き渡った。


「ル、――!」


 とっさに叫び返そうとしたフォシアの口を、不気味なほど軟らかく厚い手が塞いだ。

 フォシアの口を塞いだまま、アイザックは一瞬扉を忌々しげに睨んだ。


「あの女……!!」


 そう吐き捨てたあとフォシアに再び向き直ったとき、男の目に加虐が揺らめいていた。


「は、はは! ちょうどいい、証人になってもらおうじゃないか。お前が僕のものになったということの!」


 フォシアは濡れた目を見開いた。

 扉を叩き、自分を呼ぶルキアの声。湿った厚い手の下でそれでも声をあげようとしたとき、両腕を乱暴に引かれ、床に倒された。


 体を打ち付けた痛みを無視して起き上がろうとすると、アイザックの重い体がのしかかってくる。

 獣のような荒い息が降り、暗く欲望にまみれた目が見下ろしている。その口元が歪み、笑っていた。


(いや……)


 目の前が真っ暗になり、あまりのおぞましさに吐き気がこみあげる。

 ルキアの、悲鳴のような呼び声が聞こえる。

 フォシアはもがいた。だが過剰に肉をまとった男の体は重く、のしかかられては抵抗ができない。


 やがて太い手が無遠慮にドレスの上を探り、フォシアは激しく抗った。視界が歪み、嗚咽で呼吸が乱れる。誰か――。


(助けて……っ!!)


 ――次の瞬間、叩きつけるような衝撃音が、鼓膜を破かんとするほどに響き渡った。


 フォシアは目を見開き、何もわからないまま、のし掛かる男もまた動きを止め――そして甲高い悲鳴と共に視界から男が


 アイザックの重い体はわずかに離れたところに転がり、腹の周りを抑えてうずくまる。


 突然解放されたフォシアは、頬を濡らしたまますぐには動けずにいた。

 だが滲んだ視界に映ったのは、銀にも似た涼やかな灰色の瞳だった。

 鋭く、けれど強い光の照り返しを受けた剣のような目。


 状況も忘れて、フォシアはその目に魅入った。

 瞳に映り込んだ小さな光点。目元のかすかな赤み。少し息が荒い。

 いつもの彼とは別人のようだった。


「……フォシア嬢」

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