11-2

 相手のためらいが伝染したかのように、沈黙が落ちる。それは少しの気まずさを含みながらも、なぜか、フォシアは息苦しさを覚えなかった。

 この場に着いてから生じた沈黙とはまた色合いが異なる。緊張はしても、警戒はなく、身構えることもない。

 互いに、何か手探りしあっている――そんな気がした。


「……お戻りになりますか」


 グレイのぽつりとした一言が、沈黙を破った。

 フォシアははっとする。


「息抜きと謝罪のためにお連れしたわけですが、どうも……私はあなたを不快にさせてばかりのようだ」

「! そ、そんなこと……!」


 フォシアは大いに驚きながらも、慌てて頭を振った。

 ――グレイは、一体どうしてしまったのだろう。

 強引に連れ出されたかと思えば、ためらいがちに帰宅を提案してくる。

 急に、目の前にいる青年に不器用な少年の姿が垣間見えたような気がした。


「ふ、不快になど……なったりはしていません」


 フォシアはかろうじて、そう返した。

 それは自分でも少し驚くほど、素直な思いだった。異性と二人きりで相対すれば息苦しさを感じ、一刻も早くその場から逃れたいと思うばかりだったのに。

 ましてグレイのように鋭く心を見透かしてくるような相手はおそろしいとさえ感じていたのに――。


 いま、グレイとこの場で過ごすのは苦痛ではなかった。すぐに帰りたいとも、思わなかった。


 だが言葉少ななフォシアの態度をどう取ったのか、グレイは真摯な表情になると、家までお送りします、と言った。

 フォシアはまだ困惑したまま、促されて席を立った。先導されて門まで戻ると、ふいにグレイがこぼした。


「あなたを泣かせたとあってはルキア嬢のお怒りを買うでしょう。が、甘んじて受けます」


 真摯にそう言われて、フォシアはきょとんとした。グレイは真剣だったが、その言葉の意味を理解すると、まるで他愛のない悪戯を神妙に反省する子供に見えてしまい――無意識に口元が緩んだ。


「ジョーンズさんのせいではありませんもの。ルキアはちゃんと話を聞いてくれますから、その心配は杞憂ですわ」


 何気なくそう答えると、グレイが涼やかな目を小さく見開いた。

 長く、だが色の薄い睫毛が一度だけ瞬いたあと、ぽつりと言った。


「――あなたは、美しい人だな」


 唐突だった。

 え、とフォシアは思わず声をあげる。そのまま硬直すると、その反応に今度はグレイが驚いているようだった。その怜悧な目元に、ふいに淡く朱色がのぼる。


 だがすぐにグレイは顔を逸らし、行きましょうとだけ言った。

 フォシアもまた、うなずくのが精一杯だった。鼓動がなぜか速くなり、そんな自分にためらう。


(な、なに……?)


 これまで何度も聞いた類の言葉。むしろ、その中ではあまりに素朴にすぎるものだ。

 ――なのになぜ、こんなに頬が熱くなっているのだろう。




 それから、少しの間平穏な日々が続いた。事態が硬直しているだけであるのかもしれなかったが、フォシアは自分でも楽観的になっているのを感じた。

 ただ漠然と不安を抱き続けることに辟易(へきえき)したというのもあるのかもしれない。

 だが、他の考え事ができたということが大きかった。


 あまり感情をあらわにしない、涼やかな顔の青年のことをよく思い出すようになった。 冷静すぎるほど冷静で、ゆえに酷薄な人物とさえ感じていた。しかしいまはもう、そうは思えない。

 思い出すのはただ、どこか不器用に言葉を詰まらせて顔を背ける、素朴な横顔だった。

 それからまっすぐに自分を見て、美しいとこぼした声――。

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