9-1

 フォシアは再び、部屋に閉じこもる時間が長くなった。気分転換にと友人のもとへ出かけて、姉の話題で抗いがたく心を乱されてから、自分を見失ったかのようだった。

 どうしたらこんな割り切れない自分と決別できるのかがわからなかった。


 使用人が、困惑した様子で部屋の扉をたたいたときも、まだ物思いに耽っていた。


「――グレイ・ジョーンズ様が、よろしければお会いになりたいと仰っております」


 思わぬ言葉に、フォシアはようやく現実に戻った。そして体を強ばった。

 ――あのグレイが、自分に会いたいなどと。

 前回の会話を思い出すと、何かあるとしか思えない。あるいはアイザックの一件で進展があったのか。


「緊急の用事ではないから、無理にとは……と仰っておりまして」


 フォシアの考えを先読みしたかのように、使用人は付け加えた。フォシアの困惑はまた少し増した。


(個人的に会いたいということ?)


 それこそ理由がわからない。否、また前回同様の会話にでもなるのではないか。

 いま、それに耐えるほどの余裕はない。


「……体調が優れないからとお断りしてちょうだい」


 忠実な使用人は余計な口を挟まず、畏まりました、とだけ答えた。




 その後も、フォシアは漫然と時間を過ごした。

 だがすべてが同じであったわけではなかった。

 ただ一つ――グレイの反応が変化していた。


 会いたいという申し出をフォシアが一度断ってからも、二度、三度と同様の申し出があった。決して押し迫るようなものではなかったが、何度も断りの返事を伝えるのは、使用人のほうがばつが悪いという様子だった。


 くわえて、両親のほうが既にグレイを信用しているようだから余計に断りにくいということらしかった。

 両親とて見知らぬ年頃の青年が出入りすることにはじめは不安げな様子であったのに、いまとなっては何も感じていないようだった。あのヴィートに紹介されたから――というだけでなく、グレイの礼儀正しさに絆されたのかもしれない。

 つまり、グレイの茶会や観劇の誘いを断るのも受けるのもフォシアの意思一つという状態だった。


 当のグレイが、何度断られても気分を害した様子を見せないのが、ますます申し訳なく――と使用人は言う。

 そう聞けば、フォシアのほうもいったいなぜグレイがそんなことをするのか、不安と疑念のまじった思いが強くなる。


 しかしグレイの意図を確かめる機会は、思いもよらぬ形で現れた。




 ――あとから思えば、お嬢様、と扉越しに呼びかけてきた声にかすかな動揺の上擦りがあったことに、気づくべきだったのかもしれない。

 いつものようにフォシアは入室の許可を与え、扉が開く。


「どうし……」


 フォシアはそう言いかけ、反射的に悲鳴を飲み込んだ。

 萎縮する使用人を問答無用で脇に押し、涼やかな目をした貴公子が現れる。


「失礼、フォシア嬢。無礼だとはわかっていますが、こうでもしなければお会いするのが難しいと判断しましたので」


 言葉とは裏腹に、まったく悪びれた様子をみせず、涼やかな顔のグレイ=ジョーンズは言った。


 フォシアは体を硬くし、思わず後じさりした。


「な、何のご用ですか……! で、出て行ってください!」

「はい、出て行きます、あなたと一緒に」


 グレイは相変わらず表情を変えぬまま言い、フォシアは目を瞠った。


「何を……」

「やはり部屋に閉じこもってばかりではいけません。まず会話も不可能になりますので。では下でお待ちしております。準備はどうぞごゆっくり」


 グレイはそう言うと、皮肉と思えるほど優雅に一礼してあっさり去っていった。

 残されたフォシアはただ呆然と立ち尽くす。


(どういう、つもりなの……?)


 強引に部屋に来て、言いたいことを一方的に口にして去って行った。フォシアの反応など一切気にしていない。

 横暴とさえ言える行動なのに、あの冷ややかな態度のせいなのか――不思議なほど、乱暴に感じられない。


 フォシアは混乱した。かつてこんな態度に出る異性はいなかった。


「いかがいたしましょう……?」


 使用人が、不安げにフォシアをうかがって言った。

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