8-2

 明るい声の中から、無邪気な一声が飛んだ。


「でも、意外だわ。お姉様を悪く言うつもりはないのだけれど、フォシアのほうがずっと男性を魅了していたじゃない。フォシアはとても綺麗だし。そのヴィートという人は、フォシアにも心揺らがなかったということなのね」


 からりとした声。悪意がないからこそのあけすけな物言い。

 ――本当に姉とヴィートの結婚を祝福できるのなら、笑ってしまえばいいことだった。笑うべきところだった。


 なのに、フォシアはできなかった。

 いきなり胸に一撃を受けたような気がした。


 ――この外見など、何の役にも立たない。

 ただどうでもいい人間、知らない人間から言い寄られるだけで、本当に振り向いてほしいと思った人には少しも役に立ってくれない。


 どれほど他の人間に賞賛を浴びせられようと――本当に見てほしい人に見てもらえなければ。

 ああ、でも。


(……何を考えて、いるの)


 ヴィートを、この外見でどうにかしようとしたわけではない。ヴィートはもうずっと、姉の婚約者で、いまはもう姉の夫だ。

 だから、もう――。


「フォシア?」

「……ごめんなさい、ちょっと具合が悪くなったみたい。お暇するわ」


 フォシアは席を立ち、目を丸くする知人たちに中座を詫びて半ば強引に館を去った。

 帰りの馬車に揺られながら、無意識に胸を抑えていた。


 ――嫌な気分だった。

 それが、いまだ浅ましい未練を引きずっている自分に対する嫌悪なのか、別のものなのかはわからない。

 知りたくなかった。


 家の玄関に降り立ってすぐ自分の部屋まで戻ろうとしたとき、応接間を通りがかった。扉が軽く開いていた。

 姉の笑い声と話し声が聞こえてきて、フォシアは思わず足を止めた。


 ――なぜそのまま通り過ぎてしまわなかったのか。

 何か抗いがたく引き寄せられるように目を向け、応接間の様子を覗いていた。


 そこにはルキアと、ヴィートとグレイの三人がいた。

 ルキアとヴィートは向かいあう形で座りっている。ルキアが笑って、ヴィートは優しくそれを見つめていた。

 ――いまこのときのヴィートの眼差しを見れば、彼を無愛想などとは決して言えないくらいに。


 グレイはヴィートの隣で、ただ静かにたたずんでいる。――ルキアとヴィートの穏やかだがきわめて緊密な空気に、遠慮しているかのように。


 その空気のすべてが、フォシアを打った。

 一瞬動けなくなり――そのとき、ふいにグレイがこちらに目を向けた。その双眸がかすかに見開かれたように見えた。


 少し遅れて、ヴィートとルキアも振り向く。


「フォシア? 帰ったの?」


 フォシアはかろうじて、はい、とかすれた声で答えた。逃れるように顔を背け、すぐに自分の部屋に向かう。


 息が苦しかった。

 ――ルキアとヴィートの間に入り込むことなどできない。

 そんなこと、とうにわかっていたはずだったのに。

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