8-1

 停滞する日々の中、珍しい友人の誘いは、フォシアにとってまさしく天啓のように思えた。同性の友人はさほど多くなく、彼女たちはみな積極的にフォシアを誘うほうではない。

 近頃あまり姿を見かけないけれど、と心配するような言葉がそえられて、茶会の招待状は送られてきた。フォシアも珍しく、迷うことなく参加を決めた。


 知り合いだけの小さな茶会であるというのも決め手だったが、家の中にいてグレイと姉と姉の夫となったヴィートとばかり一緒にいると息苦しさに押しつぶされてしまいそうだった。


 ヴィートやグレイは外出にあまりいい顔をしなかったが、閉じこもってばかりではフォシアの気分が塞ぐことを理解してか、行き先を確認し、遅くならない程度にという条件付きで承諾した。


 そうして、恰幅のいい乳母に付き添われ、フォシアは久しぶりに家の外の世界へ出た。

 馬車に乗り込み、目的地に降りる。


「いらっしゃいフォシア、久しぶりね。少し痩せた? もう大丈夫なの?」


 招待状を送ってきた主催主の令嬢が、愛想良く挨拶をふりまき、気遣わしげな表情を見せる。

 それがいつもと同じ顔であったことに、フォシアは大きく安堵した。

 みながアイザックとの問題を知っていて冷ややかな眼差しを投げかけてくるのではないかと不安だった。


 家に閉じこもる理由は、表向きには軽い病のためとしてあった。

 もう大丈夫、とフォシアは微笑して答え、中庭のほうへ通された。広大な敷地というわけではないが、狭くもない庭はよく手入れが行き届き、テーブルや椅子、茶器などもすでにきっちりとそろえられていた。


 既に何名か、フォシアの見知った令嬢たちが先に席について明るい声をあげていた。彼女たちはフォシアに気づくと、やはり次々と気遣う言葉をかけた。

 フォシアも、いつも以上にその配慮が嬉しく、久しぶりの他人との会話を喜んだ。


 この場に招かれた全員――年頃が近く、家格もつりあう――が席につくと、見事な食器と香ばしい焼き菓子が運ばれてきた。

 豊かな香りの茶と、焼きたての菓子で雑談にいっそう弾みがつく。


 フォシアは微笑しながら、相づちと共に友人達の会話を楽しんだ。久しぶりであるという理由だけではなく、耳は鋭敏に彼女たちの言葉を拾った。


 自分がいない間の社交界――噂。

 誰と誰がどうなったという類のものではない。自分について、どのような噂が流れているのかが気になった。それも他でもない、アイザックに関連した内容だ。

 だが、この場にいる彼女たちの口からその話題は出てこなかった。


「……そういえば、フォシアのお姉様はご結婚されたのよね。どんな感じなの?」


 いきなりそんな話を向けられ、フォシアは言葉に詰まった。

 すると、はじめに質問を投げかけた令嬢に続いて、他の令嬢たちも華やいだ声をあげる。


「そうそう! 無愛想とか口下手だとか言う人もいるけど、私は悪くないお相手だと思うわ!」

「ちょっと近寄りがたいけれど、かなり端整な顔立ちの方よね! ルイーズ家のヴィートさん!」


 フォシアの頬はかすかに強ばった。だがとっさに、いつも浮かべるあの仮面の表情――無味乾燥な微笑をつくってやりすごす。


「……ええ。姉とはとても仲がいいようで、幸せそうよ」


 恋愛話に目がない令嬢たちは、きゃあ、と嬉しげな声をあげる。

 それでそれで、と高い声は更に続きを求めてくる。フォシアはやんわりとそれを回避しようとしたが、令嬢たちの好奇心に輝く目と追及はかわしきれなかった。


「……ヴィート……義兄は一途なの。もうずっと姉を想っていて……姉しか見えていなくて」


 軽く、なんでもないことのように口にするつもりでいたのに、ずきりと胸が痛む。


「……義兄は、前から口下手だったわ。でも姉だけはいつも義兄の言うことがよくわかるみたいで……」


 二人はいつも互いのことを気にかけていたのだ。

 色恋沙汰に敏感な令嬢たちが、一層嬉しげにさざめいた。


 ただフォシアばかりが、つくりものの微笑の下で真逆の感情を抱いていた。

 ――じくじくとした鈍い痛み。

 姉と義兄の幸せそうな姿を語ると、まだこんなにも胸の奥を軋ませる自分がいる。


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