フォシアはひゅっと息を詰まらせた。突然、冷水を浴びせられたような気がした。

 ――グレイの眼が、試すようにこちらを見ている。


 次の瞬間、かっと頬が熱くなり、こみあげる感情のまま声をあげていた。


「何を、仰りたいのですか……っ!」


 ――抑え込んでいた弱く脆い部分を、いきなり踏みにじられたようだった。

 後ろめたさと反発心がない交ぜになり、フォシアはグレイを睨む。


 グレイは何を言いたいのか。

 姉を心から祝福しきれない、ままならぬものがあったとしても、フォシアはそれを抑えてきた。少なくとも、恥じなければならぬような行動は取っていない。

 ――ましてや、こんな知り合って間もない相手に非難されるようないわれはない。

 自制し抑圧した分だけ、親しくもない相手に安易に踏み込まれることは許せなかった。


「……失礼。ただの噂であるなら、まったくの杞憂です。不快に思われましたらお詫び申し上げる」


 グレイはそれでも、淡々と言った。だが憎いほどに冷静なその態度は、フォシアには傲慢でこちらを見下しているように感じられた。

 

 気まずさを払拭することもないまま、フォシアは早々に応接間を辞した。自室に向かう足取りが荒くなる。


(――あなたに、何がわかるっていうの)


 頭の中に浮かぶ、あくまで冷ややかなグレイに向かってフォシアは反論する。

 疑われたことも、試すような態度を取られたことも腹立たしい。

 そして何より――弱点を突かれて恥ずかしいと思う自分がいたことが、悔しかった。




 フォシアの中で、グレイ=ジョーンズの認識は一変した。ヴィートの友人であり、協力してくれる親切な他人という存在から、冷ややかで無礼なところのある青年という印象に変貌していた。

 それは後になって知った、彼の家のことも余計に関係しているのかもしれない。


 ジョーンズ家はフォシアやヴィートと同じく中流貴族の家柄だが、優秀な家系らしく、特に弁舌に長け、多く文官や弁護士を輩出して手堅く財を築いてきたらしい。

 グレイの弁が立つのも、家系のためなのかもしれない。


 いまのフォシアにとって、その弁舌は少し忌々しいものにさえ感じた。少し矛先を向けられただけで、心が乱されたからだ。


 それでも、エイブラとアイザックの問題が解決しない以上、疎遠になることもできない。

 フォシアはこれまでにもまして、グレイを意識的に避けた。向こうから会いに来るようなことはなかったから、それですぐに顔を合わせなくなった。



「……グレイとの関係?」


 フォシアの言葉に、ヴィートは少し驚いたような顔をした。それから、うーん、とうなる。


「最初に会ったのは狩猟会だった、と思うんだが。あいつは前からあの通りとにかく冷静沈着で、弁が立つわりに口数が少なかったと思う」

「そうなの?」


 意外そうに問い返したのは、ルキアだった。

 グレイが一人で待機することが多くなっていた応接間にはいま、ヴィートとルキアとフォシアがいた。


 テーブルを挟んだソファで、ヴィートと、その向かい側にルキアとフォシアが座っている。


「悪い奴ではないが、変に冷めてるというかひねくれたところがあったんだ。頭のいい奴だから、周りと話が合わなかったみたいで。俺はこの通り、舌が回るほうじゃないから、逆にあいつには都合がよかったんだと思う」


 親しい友人を語るようなヴィートの口調を、フォシアは不思議な思いで聞いた。

 ヴィートの口下手さは、彼の誠実さや不器用さから来ている。その一方で、弁舌に長けたグレイはよく言えば冷静で、悪く言えば冷ややか――皮肉じみたところもあると感じられる。とてもヴィートと打ち解けた仲になれるとは思えない。


 フォシアのそのかすかな疑念を感じ取ったのか、ヴィートは苦笑いした。


「俺の口下手をからかわなかったのもあいつだけだったし、それに、あいつもああ見えて結構不器用なところがあるんだ。変なところで言葉が足りなかったり、頭がいい奴なのに妙なところが鈍感だったり」


 案外、俺をどうこう言える性格じゃないんだ、とヴィートは続けた。

 だがフォシアにはますますその言葉が疑わしく思えた。不器用、とはグレイにはもっとも似合わない言葉である気がした。あのグレイの涼やかな顔は、どう考えてもヴィートのような口下手さとは結びつかない。


 フォシアの横で、ルキアもまた少し不思議そうな顔をした。しかしルキアが思っているのは、フォシアの疑念とはまったく異なるものだった。


「ヴィートが狩猟って意外だわ」

「……まあ、昔のことだからな」


 ヴィートの声に、かすかにたじろぎの響きがまじったような気がした。狩猟のことをルキアに知られたくないとでも思っているかのようだった。

 ルキアもそれに気づいたのか、目を少し丸くした。


「何かあったの?」

「……いや、別に」

「何かありそうな顔してるけど」


 ルキアの訝しげな眼差しに、ヴィートはやや露骨に目を背ける。が、その頬はほんのりと赤い。

 ――フォシアだけは、その意味を知っている。

 ヴィートはそんな頃から、ルキアに好かれようとひたむきだった。グレイが、そう言っていたのだ。


 話題を逸らそうとするヴィートと、からかいまじりに追及しようとするルキアの間には、昔なじみの気安い雰囲気と、夫婦になったばかりの甘さがいりまじっている。

 フォシアは目を背けた。


『ヴィートはとにかく一途だ』


 苛立つほどに、グレイの言葉が耳奥に反響する。


(……知ってるわ、そんなこと)


 グレイに言われるまでもなく、ずっと前から知っているのだ。




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