第7話

「誰もが、フォシアとあなたのほうがお似合いだと言った。フォシアはわたしより遙かに美しく、太陽のように輝いている。わたしはその影で、みなが太陽に惹きつけられる中で見向きもされない」

「……くだらない、愚かな噂だ」


 ヴィートは切り捨てるように言った。浅ましいわたしの心は、それにまた浮ついたものを覚える。これまでに一度でもヴィートのこの反応を見たら、また違う結果になっただろうか。


 ――自分が彼なら、よりによってあのフォシアの姉のほうと婚約だなんていう意地の悪い運命を呪うね、などと冗談交じりに言った男たちよりも先に、ヴィート自身の言葉を聞いていたら。


 今更だ。ヴィートのせいにしようとしているのかもしれない。自分を強く戒める。


「……でも、誰もがわたしよりフォシアを見た。フォシアよりもわたしを見てくれる人なんて……、ほとんどいなかったわ」

「俺以外はな」


 ヴィートはからかいと皮肉まじりに言い、つかのま、わたしから言葉を奪った。不覚にも、頬が少し赤くなる。


「……わたしに好意的だった人も、フォシアを見ると態度を変えるのよ。私ではなくフォシアに傾いていって次第にわたしのことは見向きもしなくなる。そんなことが続けば、ああまた、と思うようにもなるし……不安にも、なって」

「俺が、ルキアからフォシアに目移りするかもしれないと?」


 ヴィートはわたしの言葉をもっと直接的に言い直す。そしてその声にかすかな和らぎと呆れをも感じたのは気のせいだろうか。


 わたしは瞬きの間沈黙したが、重くうなずいた。

 ――他のどんな人間がフォシアに目移りしようと、仕方ないと諦められる。

 でも、ヴィートだけは。


「……ヴィートにだけは、心変わりされたくないと思ったの。そんなこと、耐えられない。ずっと不安で、おかしくなりそうだった。それならいっそ……自分から、離れたほうがいいと思って」

「ルキア……」


 ヴィートは何かを言おうとしたが、その先は長い吐息になって消えた。


「全部、わたしの臆病と卑怯のせいなの。ヴィートのことがどうでもいいわけない。その……逆だったの」


 ――ヴィートを妹に奪われてしまうかもしれないという不安に、わたしは耐えられなかったのだ。

 フォシアがヴィートを奪うなんてことをするはずがないと頭ではわかっていたのに。フォシアとヴィートは仲良く見えたし、ヴィート相手ならフォシアのほうも心を動かされるかもしれないと疑い、疑う自分自身にも嫌気が差した。

 このままでは自分がひどく醜い人間になってしまう。


 わたしには、フォシアほどの魅力なんてない。


「俺が、ルキアを不安にさせていたんだな」


 ぽつりとこぼされた言葉に、わたしははっとする。とっさに顔を上げると、ヴィートと目が合った。

 ヴィートにはもう、あの胸が締め付けられるような自嘲はなかった。かわりに少しの困惑と、自らを恥じるよう色がまじっていた。

 それでも――真っ直ぐにわたしを見つめていた。


「ルキアは以前から言ってたからな、俺は言葉が足りないと……。改善したつもりが、まったく不十分だったみたいだ」


 そう言って、ヴィートはかすかに困ったような笑みを浮かべる。少しの呆れとはにかみまじりの、失敗したところを見つかった子供みたいな表情だった。


 ヴィートがふいに見せたその顔に、わたしはぎゅっと胸が締め付けられる。自嘲を見た時のあの苦しさとは違う。

 胸をかき乱すそれから逃れるように、わたしは思わず目を伏せていた。


「……ルキア。俺だけじゃない。フォシアだって、ルキアが犠牲になるようなことは望んでないはずだ。フォシアがあんなに泣いていたのは、ルキアが自分の代わりに犠牲になろうとしていたからなんだな」


 わたしの肩が反射的に揺れた。

 ――ごめんなさい、と泣いていたフォシア。

 全身で悲しむ妹を見て、わたしの胸はかすかに痛んだ。けれどそれだけではなかった。


「……妹のためにと想う気持ちは、俺も多少はわかるはずだ。だが、ルキアがそこまで自分を犠牲にする必要はない。しないでくれ」


 ヴィートは少しぎこちなく、まるで諭すような響きで言う。労りとその純真さを、わたしは素直に喜べなかった。自分の身勝手と醜さを突きつけられたようで。


 ――妹を助けるために自分を犠牲にする姉。

 違う。本当は、そんな高潔な人物じゃない。


 わたしは、鈍く頭を振った。違うの、と重く切り出して、それから。


「……ただ……本当に、わたしは身勝手な人間だから、こうしたのよ」


 ヴィートはわずかにためらったようだった。わたしが何を言おうとしているのかわからないということなのだろう。

 わたしは――両親にも妹自身にも言わずにいた、自分の本心を吐き出した。


「フォシアは、わたしが身代わりになることを反対した。でも、わたしが強く言って了承させたの。それは高潔な精神ゆえの行動ではなかったわ。……フォシアの身代わりを買って出れば、フォシアは深くわたしに感謝する。強い罪悪感を抱く。決して消えないとなる。その一点で、フォシアの中でわたしになれる」


 ヴィートがかすかに息を飲む気配がした。

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