5F 騎士の卵

 息を吸い、細長く息を吐き出す。両の手に力を込めて握り込むのは木剣一本。ギラつく眼光、並ぶ鉄神の眷属の紋章である亀甲文様。それを目前にひかえ、昨日できた友人からの助言を、己が身に刻み付けるかのように木剣の柄を絞り握る。


 『見習い騎士の演習訓練』の仕事二日目。昨日秒殺されたのにまた来たぞといった視線が突き刺さる中、それは気にせずただ一つの事に集中する。今日やるべき事はたったの一つだ。それ以外は考えない。


 ブォォォォォォ────ッ‼︎


 演習訓練の始まりを告げる角笛の音。


「「「「ウォォォォォォオオオオッ!!!!!!」」」」


 昨日と変わらずほとばしる咆哮と足音の行進曲。そんなBGMを聞き流しながら奥歯を噛み締め足を踏み出し、渾身の力を込めてただ力任せに木剣を振り落とす。


 ベキッ‼︎ と。


 へし折れる木剣の音。背が低い小人族ドワーフの見習いが相手であるが故に、掲げられた見習い騎士の木剣を擦り抜けて脳天に落ちた木剣の先がぽっきり折れて宙を舞う。見習い騎士は足を止めるが、額にコブを作る事もなく目を鋭く尖らせた。


「鉄神の眷属ぁ、筋力上がる訳じゃねえが兎に角固えから遠慮すんなぁ。人族で機械神の眷属のソレガシにゃぁ容易く傷もつけられねえだろうからなぁ。小せえ事は考えず当てろ一発取り敢えず。すりゃぁきっと分かる」


 三つ編みの先を指で弄りながら零された、同じ鉄神の眷属であるらしい友人の助言を噛み締めながら、小さく口端を上げる。確かに分かった。実感した。ブルヅ=バドルカットの言う通り。


 初日に足がすくみ動けなかった時とは違う。それがしでも木剣を振るえば


 だからどうしたという話ではあるが、これは大きな違いだ。軍人と一般市民の心構えの違いとでも言うべきか。勝敗は置いておき、己が『立ち向かえる』、『戦える』と知れる意味は大きい。


 こちとら素人、負けて当然。


 であったとしても、動き汚く形になっていなくても、それがしは相手に攻撃ができる。それも加減などせず全力でだ。


 魔物や神喰いとは違う強い意志を感じる人型の相手、攻撃などして大丈夫なのかという心理的な常識の薄皮が一枚剥がれる。きっとこの先旅をする為には必要な考え方の変換。ギャル氏のように武道武術をたしなんでいる者は元々薄いのかもしれないが、演習において遠慮こそが一番の敵。


 自分は戦える。これで『戦闘』を普段からの選択肢に組み込める。それを強める事がきっと演習の意義。どうせ仕事として受けたのだから、それがしもそれを手にしなければ受けた意味がない。


 全力で人型の相手に攻撃を当てられたと脳内トロフィーを掲げるように手にする折れた木剣を放り捨てて深呼吸。


「……さて、第二ラウンドですかな」


 まだ演習は終わっていない。砂の粒程の形ない勲章を胸に拳を握る。まだ慣れない戦闘行為に慣れる為に。戦えはするが、『戦える』にはまだ遠い。それに少しでも近付く為、小人族ドワーフの見習い騎士が振るう木剣にカチ上げられ、今日もまたそれがしは宙を舞う。


「お疲れー、今日もまた引き摺られて帰って来るなんて変わった帰宅の仕方だねソレガシ。監督役の騎士から頼むからもう来んなって言われてるんだけど? だいたい昨日はなんで夜帰って来なかったの? サレンとか角生やしてたよ? 城塞都市初日から朝帰りなんてやるじゃん、ヒューヒュー」

「……冷やかしはいりませんぞ……それに今日は五分は保ちましたから。明日も同じ仕事を受けますからどうぞよろしくダルちゃん。じゃあそういうことで……」

「はぁ、はいはい。あっ、今日は流石に帰って来た方がいいよ? あと鏡は見ない方がいいかもね」


 ダルちゃんからの謎の助言とギルドマスターにいびきを背に聞きながら、首を傾げて冒険者ギルドの外へと出る。二日続けて落ちた意識が浮上すれば冒険者ギルドの天井とダルちゃんの顔。そして時間はお昼過ぎ。


 本来数時間はやる『見習い騎士の演習訓練』を速攻で脱落するそれがしにもちゃんと給金が出るあたり豊かな街は心が広い。痛む体を引き摺って、数多の武器屋の前を通り過ぎ、目指すのは城塞都市の端にある友人の家。


「ブル氏ぃ……当てましたぞ確かに一発」

「……ん? あぁソレガシか、そいつぁ────クハハハハッ!確かに当てたみてぇだなぁ?」


 相変わらず壁を背に膝を丸めて座っているブル氏は、それがしの顔を見ると壁に並ぶ剣達を振るわれる笑い声を響かせる。


 床に倒れ寝転がり首を傾げるそれがしを前に、「鏡は見たかぁ?」と聞かれるので首を横に振れば、壁に掛けられている磨き抜かれた剣を一本手に取ると、その剣身をそれがしの顔の前に掲げた。


 ブル氏の巨躯に見合った大きな剣は鏡のようにそれがしの顔を写し取る。ボコボコに木剣で叩かれ腫れ上がったそれがしの顔を。


「もうお嫁に行けませんぞ⁉︎」

「下手な田舎街より騎士団の方が外傷にゃぁ詳しいからそう気にすんなぁ。治療はされてんだろ? 神の眷属は傷の治りが契約してねえ奴よか早ぇしよぉ。明日にゃ引いてんだろ」

「……体がヒビ割れた時は一週間入院しましたけど?」

「体がヒビ割れたぁ?」


 再び笑い声を零しながら、ブル氏は掲げていた剣を壁へと戻した。骨に響く豪快な笑い声にウンザリと首を一度回して身を起こす。そうすれば投げ渡されるそれがしにとっては丁度いい、ブル氏にとっては小さな瓶。瓶の口から漂う酒気からして、聞かなくても中身は分かる。昨日はこれのおかげでブル氏の家に泊まる羽目になった。


「…… それがしまだ十六ですぞ?」

「人族ならもう酒を飲める歳じゃねえか」

「いや、ですからそれがしは別世界の出身なのでお酒は二十歳から」

「小せえ事を、ここはソレガシの国じゃあねえってなぁ。で? 今日はどうなった? 一撃当てて殴り合ってしまいかぁ? ぶっ倒したかぁ?」

「まさかまさか、そんなわけないだろ常考。戦えるとしても恐怖はぬぐえませんし、今日も空を飛びましたな」

「そりゃ羨ましい。空を飛ぶとは気持ち良さそうじゃぁねえか」


 よく言う。見上げる事しかできない大きな友人は、それがしからすれば常に空に浮いてる程に視点は高い。瓶の中身を口に流し込めば、また一つ手に取った小さな瓶の中身をブル氏は一口に飲み干す。ブル氏の背丈に合う物は流通していないのか、座る姿同様に色々と窮屈そうだ。


「酒樽でも買えばどうですかな? その瓶では腹の足しにもならないでしょうに」

「おいおい言っとくがオレも小人族ドワーフだぜぇ? 巨人族コロッサスとの混血ハーフだがなぁ。ソレガシだってそれじゃあ足りねえだろう? 昨日何本開けたと思ってやがる?」

「……親父殿と御袋おふくろ殿に似たんでしょうな。残念なことに」


 部屋の隅に置かれた木箱を満たしている空き瓶の山。四分の三くらいはブル氏が開けた瓶だが残りはそれがし。酒に強いらしいて高校二年で知る事になるとは驚き桃の木山椒の木。


 酒瓶を傾けて飲み干し見上げるブル氏は巨人族コロッサスとの混血ハーフと言うが、巨人族コロッサスをまず見た事がないので違いが分からない。小人族ドワーフではなさそうなのは分かるのだが。だって髭がないし。


 空瓶が新たに積み上がる音が二つ。それに続いてブル氏は一度折り畳んでいる膝の皿を一度叩く。


「んでぇ? 明日もやる気なんだろ見りゃ分かる」

「また助言をくださるのですかな大きな先生」

「世間話のついでになぁ。強くなりたきゃ勝手になれ。強くなるなんてそんなもんだろ。自分を強くできんのあ自分だけだ」


 そう言ってブル氏は胸元に垂れる三つ編みの毛先を指で弾く。ゆらゆら揺れる三つ編みを目で追っていれば、視界を覆う灰色の瞳。身を屈めたブル氏の三つ編みの毛先が床を撫ぜた。


妖精族ピクシーを除けば地に足付けた種族で小人族ドワーフは一番背が低い。だから攻撃はだいたい下からくんのさ。そのおかげで弾かれる。さぁてソレガシ、それを聞いて人族の機械神の眷属はどうすんだぁ? 家の主人を楽しませてくれよ客人」


 大きな三日月が目の前に浮かぶ。昨日一晩で分かった事は、ブル氏は意外といい性格をしている。別の種族の考え方の違いを酒の肴にするかのように問いを投げ掛けてくる。


 ただ、その差し出される問題は有意義だ。


 望む強さを手に入れる為には、己で答えを叩き出すしかない。ブル氏の答えを聞いたとしても、それがしとブル氏の背丈の違い同様にそれがしの規格に合ったものではないはずだから。故に思考に埋没する。


 同じく立った姿勢で埋まらない背丈の大きさ故に下から攻撃が来るのであれば、上から叩き付けねじ伏せればいい。そのまま地面にも抑え込めるだろう。ただこれは、此方が筋力で優っている場合。困った事に筋力では勝てない。


 ならばこそ、カチ上げられるから弾かれるのであれば。


「……身を落とし、視線の高さを合わせれば、攻撃は下からではなく前からになりますな。それなら体は浮かず踏ん張れる」

「ほぅほぅ? 悪くねえが、そいじゃあ力ではなく技量で勝負するわけかぁ? 勝算は?」

「ゼロ。加えて問題がまだありますぞ」


 見習いでも相手は騎士。力の差より技量の差の方が大きい。更に更に小人ドワーフと視線を合わせるとなると、少し腰を落とすどころか中腰だ。『塔』の整備を都市エトでやってきたおかげで分かっているが、それではバランスが取りづらい。強い一撃を受け踏ん張るどころか背後に転がってしまうだろう。


「……ただ身を落とすだけで足りないのであれば、もっと低く、より低く、視線を合わせず小人族ドワーフよりも更に低く構えれば、吹き飛ばされる問題は消えますな」

「それだと力で潰されるぜぇ? 万力の下敷きになるようなもんだなぁ。えぇ?」

「ですが、小人族ドワーフが最も背の低い種族であるならば、そこでの戦い方を覚えれば誰もの下を取れるでしょうな。そもそもそれがし自身で力に力で対抗する気はないですしおすし。それがしがこの仕事を受けている間に築き上げるべきは、この世界での戦い方。後はそれによって生まれる隙を機械人形ゴーレムを改造して埋めることですぞ」

「なにか未来ビジョンが見えたかよ? クハハハハッ! その選択はきっと地獄に通じてんぜぇ?」

機械人形ゴーレムの改造案はもうできてましてな。後はそれにそれがしを合わせて築くだけですぞ」


 不審なブル氏の笑い声を最後に、互いにもう一本酒瓶を空にしてブル氏に家を後にした。


 おぼろげに想像した戦い方の形を帰った冒険者ギルドの中で煮詰めに煮詰め、ギルドマスターの終わらぬいびき、ギャル氏からの文句、ずみー氏が走らせる音を聞き流しながら上った朝日を合図にした三日目の『見習い騎士の演習訓練』でブル氏の言葉の真意を知った。


 角笛の合図と共に木剣を片手に身を倒し、クラウチングスタートのような体勢で前に片手を着く。


 そうすれば、目の前に広がるそれは地獄だ。


 

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