4F Return Match 4
「白い人影? あ〜それ取立人だね。おたくら急にいなくなっちゃうからさー。一ヶ月だよ一ヶ月。神との契約金の支払い
赤い紫煙をぶわりと口から吐き出し、力なく椅子に
『おかえり』とか言いながらダルちゃんは全く嬉しそうな素振りもない。喜びの感情は怠惰な想いに敗北を喫したらしい。
しかも白い人影が取立人とかおっかねえな‼︎ 追い返せたなんて言うって事は、倒せた訳でもないと。元締めはいったい誰なんだ。金の神様とか?
「待ってくださいよダルちゃん、
「出たよ? ただまあ、冒険者ギルドへの仲介料に、ソレガシの入院費に、街への損害費用引いて、残りの支払いは……はい、今日
二五スエアだねじゃないわ。街を救ったのにしょぼいんじゃないの報酬金が。……急遽受けちゃったから報酬金確認してなかった
元の世界で四日経ち、異世界で一ヶ月経っている時間の進度の違いの所為で、一気に返済の期日が過ぎ去り白い人影は急激に距離を詰めて来た訳だ。支払えなきゃ内臓まで取り立てるってガチだったんだな……。
「まあそれはもういいとして……」
受付カウンターを前に座ったまま身を
床の上で胡座を掻きスケッチブックにバリバリ絵を描いているずみー氏と、床の上で浜辺に打ち上げられた
「遅めの夜逃げですかな? 『神喰い』はもういないみたいですけれど」
完全に引越しの準備を終えている。一ヶ月で一体何があったのか。今北産業と聞いても、ダルちゃんだと「めんどくさー」で一行で話は終わりか、逆に気分が乗って三行以上掛かるかだ。
一度深く息を吸い込んで、ぶわりと大きくダルちゃんは紫煙を吐き出すと椅子に座り直し受付カウンターの上に肘を置く。どうやら気分が乗ったらしい。赤い紫煙は暖炉の火にも
「見ての通り引っ越しだよ。『神喰い』の襲撃を受けて狼神の街から狼神の眷属が派遣されて常駐するようになってね。『神喰い』も来なくて暇だからって、街の外の魔物の討伐とか引き受けてくれちゃったおかげでこっちは商売上がったり。おかげでロド大陸仕切ってる王都のギルド本部から撤退命令が来ちゃったわけさ。今日この後、引っ越し業者と共に楽しくもなさそうな長旅だよ」
「今日この後⁉︎
「一緒に来る? その方がいいかもね。
そうダルちゃんに言われてみれば、元の世界に帰るまではニコニコ笑顔で手を振ってくれたのに、今日は誰もが微妙な顔をしており、酷い奴だと舌を打ってきた。何故だろうか? と首を捻っていると、「犬神ゾルポス」とダルちゃんに言われ全てを察する。
犬神ゾルポスに呼ばれたのに、神からの招待ぶっ千切って一ヶ月留守にしてたわ。そりゃ怒られるわ。眷属だけでなく、下手すれば犬神様もお怒りだわ。さっさと引っ越そ、浮浪者よりもマシだ。
「禿同、ダルちゃんに賛成ですぞ。ギャル氏は……グロッキー状態ですけれども、それでいいですかなギャル氏?」
倒れ伏しているギャル氏を呼んでも何の反応も示さずに死体ごっこに夢中のようなので、歩み寄り背中を突っついてやればパタパタ手を動かし床を叩く。
「やだぁ……空手バレるぅ……あーしエンドるぅ……」
「大丈夫みたいですぞ! 引っ越し安定!で?行き先は?」
「後で蹴られてもあたし知らないよ」
どうせ放って置いて浮浪者になった時の方が怒るに決まっているのでこれでいい。空手バレるも何も異世界に来てしまった以上、武神の眷属としてギャル氏には空手を披露して貰わなければ困る。例えずみー氏が居たとしてもだ。
ダルちゃんは面倒くさそうに首を一度回し椅子から立ち上がると、玄関の方へ歩き、丸められた地図を引き抜くと受付カウンターの上に広げる。
前にも一度見せられた異世界の世界地図。
ロド大陸と書かれている大陸の中央に座す名前をダルちゃんは細い
「行き先はロド大陸を仕切ってる王都。おたくら別世界からの帰還者に今一度説明してあげてもいいけどさ。ソレガシには必要ないね? 入院中時間あったでしょ? 八大陸にある八つの王都の名前くらい分かるよね? あたしが本持ってってあげたんだからさ」
「
そうだっけ? とばかりに舌を出すダルちゃんに呆れ肩を落としつつ、受付カウンターに広げられた世界地図に手を置き、指で地図を数度小突く。確かにダルちゃんの説明は
一番西の大陸、ロド大陸の王都、海に面した『城塞都市トプロプリス』、治める神は『鉄神ブルトープ』。
西南の大陸、バンシ大陸の王都、緩やかに弧を描く野と丘を統べる『平原都市ビスカ』、治める神は『風神ライパライパ』。
一番南の小さな大陸と小さな島々、諸島連合ドルドロの王都、海の上浮かぶ『海上都市ニアグラツ』、治める神は『水神タタポー』。
南東の大陸、アリムレ大陸の王都、砂漠と溶岩に囲まれた『砂漠都市ナプダヴィ』、治める神は『炎神グラッコ』。
極東の大陸、パングリ大陸の王都、絶えず影に覆われた『夜間都市ワークワーグ』、治める神は『軍神ダガタガダ』。
北北東の大陸、アルパンク大陸の王都、氷山
北北西の大陸、マピモ大陸の王都、天空に数多の街を浮かべた『空中都市ドー』、治める神は『空神キッフトスホ』。
ほぼ中央に座す大陸、ガルタ大陸の王都、世界の中心『世界都市イージー』、治める神は『地神エンジン』。
以上、八大陸の八大王都、八柱の神。
言葉を並べ終えた後、ダルちゃんだけが適当に小さく拍手をしてくれる。歴史や地理の本を広げればすぐに絶対出てくるこの異世界の常識の一つ。
「花丸あげるよソレガシ、それだけ分かってればどこ行っても大丈夫そうだね」
「適当に褒めないで貰えますかな? 引っ越し先も分かった事ですしな、ジャギン殿とクフ殿にせめて別れの挨拶を」
「あの二人なら契約期間終えて次の都市に行っちゃったよ? 今『塔』の整備をしてるのは、多分ソレガシの知らない子達だね。二人ともソレガシによろしくってさ」
「うそぉ……」
犬神の都市に居づらいよりも、その情報が一番悲しいわ。思えば急に元の世界に帰ったから別れの挨拶もできなかった。ヤバイ……これまでで一番キツい。
「機械神の眷属の組合に手紙でも出したら? 多分届くよ?」
「……多分じゃ困りますぞ。いや、まあ、落ち込んでても仕方ないですな。この世界を旅する以上どこかで会える事もあるでしょうし」
「元の世界に一度帰れたのにまだ世界を旅する気なの? 『次元神』ももう探す必要超絶ないでしょ?」
「『次元神』を探す必要はないかもしれないですけどな、元の世界と異世界を行き来している原因を探らなければもう一生
世界を
必要な情報がこれに関しては一切得られていない。
元の世界で何度
偶然なのか必然なのか。一度目は偶然だとしても、おそらくもうそうではない。
この先は間違いなく必然だ。
「まあ冒険するのは冒険者らしくていいんじゃないソレガシ? で? その子はどうするのさ?」
「その子?」
「落書きばっかしてる新たな異世界からの来訪者さ」
ずみー氏か……。現状を纏めるのに大変ですっかり全スルーしていたが、一番の問題はそれである。
一度咳払いをするがギャル二人は反応せず、仕方なく落書きを続けるずみー氏の横に歩み寄る。
「うわ、絵うめぇ、これは神。ずみー氏画家になれますぞ」
現実では引っ越し作業を終えて何もない冒険者ギルドであるが、外の荷物を見て想像して描いているのか、ずみー氏のスケッチブックに描かれた冒険者ギルドの絵は、
ただただ感心してしまう
「へへーん、そんな事知ってるぜ同志ソレガシ! 三日間もどこ行ってたのかと思えば、こんなエモい描き甲斐のある世界にセイレーンと居たとか、仲間外れはめちゃんこ悲しいって! もっと早く言ってくれれば一人でも来たのに!」
「いや、あの、来方も帰り方も不明なのですがね」
「あー……まあその時はその時でこっちで画家になればいいだけの話? 悲観する必要はナッシングだぜ! ペンと紙があればどこも一緒だって! で? どしたん?」
ギャル氏はスイッチの切り替えもの凄いが、ずみー氏は肝の座り方が半端ないな!いつも絵を描く為に座っているからなのか知らないが、想像してた修羅の住人の看板に偽りなさそうで喜べばいいやら悲しめばいいやら。
動かぬギャル氏に一度目を向け、マジで動かないのでずみー氏に目を戻す。「これからの事なんですが」と口に出せば一閃。目の前に鉛筆の背を突きつけられる。
「冒険者ってやつ? あちきもなるぜ? セイレーンの話だと神との契約的なのしなきゃ旅は厳しいって話だし? あちきも興味あるし! これで本当の同志だぜ!厨二病つってごめんねソレガシ」
「いや別にいいですけどな、契約料金五十スエアですぞ?」
「いいよ絵で稼ぐから。ってなわけでダルダル〜契約よろよろ〜!」
軽いなノリが⁉︎ もしかするとギャル氏よりも軽い‼︎ しかもダルちゃんの渾名を勝手に増やすんじゃない‼︎
契約作業が余程面倒くさいのか、「異世界の住人ってみんなこうなの?」と言いたげなダルちゃんの視線には答えず、契約に使う水晶玉をゾンビのような重い足取りで玄関口まで取りに歩くダルちゃんを見送り、未だ寝転がるギャル氏の肩をつつく。
「ギャル氏〜? そろそろ動かないと置いてっちゃいますぞー? ほら、いつものように切り替えて」
「……ソレガシはいいよ、あーしは空手バレたくないの。高校生になってからは道着とはさよなら〜、素晴らしい世界の始まり始まり〜……だったのに…… ゆかりんに、しずぽよに、りなっちに、ずみー。四人にはバレたくなかったのにっ……ダサいと思われる」
「そんなことありませんぞ。ギャル氏の空手は美しい」
掛け値なしに、心の底からそう思う。
ギャル氏が望まなかろうと、塗り重ねた努力の色に嘘はなく、無駄のない鋭い動きは最早芸術だ。それを何故嫌うのか分からないが、ギャル氏に話す気がないのであれば、
譲れないからこその『絶対』。
うつ伏せに寝転がっていたギャル氏は、ゴロリと寝返りを打ち、少しばかり赤らんだ目元を
「……美しいとかきもいんだけど?」
「調子は出てきましたな」
「うっさいソレガシっ、あーしずみーに空手バレるの嫌だから、この旅中は前に出てよ。お願いっ」
「それは……まあ
『スライム』の時も、『神喰い』の時も、ギャル氏に誰より体を張って貰った。だからこそ、
「
ずみー氏の叫びに思考を遮られ、思わず
振り返った先、
首筋の紋様を見つめてダルちゃんは目を細め、口端から紫煙を溢しながらゆっくりと口を開く。
「丁度いいね、この後眷属のルールも聞ける。おたくに刻まれた眷属の紋章、それは『空神キッフトスホ』の紋章だよ。眷属の特典は、空を飛べるようになること」
「ファァァァアアッ⁉︎」
「ハァァァァアアッ⁉︎」
ギャル氏と
分かっているのかいないのか、得意げに笑っているずみー氏が鼻に付く。落書きストなら『画神』とかじゃないの? 芸術の神は死んだんですか? そこはかとなく気に入らないッ。
「なになになに〜? あちき大当たり引いちゃった感じ〜? 空を飛べるなんて、信じらんねえけど本当なら風景画のレベルが一段どころか段飛ばしで上がっちゃうぜ〜!」
「まあ空を飛べるって言っても
「ハイッ、キタコレッ!そうは問屋が卸さんぞ‼︎ 結局この世界の神様は不親切仕様安定ですな! 一人だけ当たりとかないだろ常考‼︎」
「んでんでんで? 眷属のルールは? あーしだけ地獄見るとかマジないから! 不幸は乾杯分かち合うべきっしょ? さあ教えて!ナウしか‼︎」
「あれ? かしくね? なんかここ敵しかいないみたいだぜ〜?」
目が泳いでいるずみー氏をギャル氏と共に両脇から肩を組んで逃げないように押さえ付ける。眷属のメリット? 知らんな。
「炎神の眷属のあたしが空神の眷属のルール知ってる訳ないじゃん」
「はぁぁぁぁっ、つっかえ」
「ダルちぃそれはガン萎え、テン下げだわー」
「おたくら喧嘩売ってんの? めんどくさー、超絶買ってやんよ」
受付嬢の服の端が焼け落ち、ダルちゃんの背中から炎の蛇が顔を出す。火のない暖炉に火が灯るどころか焼け落ち、熱気が冒険者ギルドの中を満たした。
旅立ちの日は新たな門出。犬神の街に
体重が軽くなり、引火し空へ旅立とうとするずみー氏をギャル氏が引っ掴み旗のように降っている。振り回される白い髪は白旗の代わり。降参。降参します。
「……荷物が減って身軽になりましたな。ちなみに炎神の眷属の特典とルールは?」
「特典は血の気の多さ。喧嘩を売ってきた奴には噛みつけがルールの一つだね」
やっぱりこの世界の神様ろくでなししかいねえや。ソースは
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