第15話 アタシ流忍術
「クヒ、ケヒヒ。この薬を使えば……ウケケケ」
比較的静かな部室に不穏な声が響く。ニーナは紙の上で何らかの粉をいじくり回し、しきりに呟いている。
その動向を気にしてるのは、ギターの手を休めたオレだけだ。隣のリサは姿勢を1ミリも変えずに、本の世界に没入中らしい。
「なぁ不忍。気になってる事があんだけど」
「なんでゴザルか? もしや忍道に興味があるとか?」
「そうじゃなくて。お前ってさ、流派は何なんだ?」
その途端、ニーナが全身を硬直させた。そして滑らかに眼そらし。オレの視線と小さくない鋭角を生み出した。
「……リューハと申されたな?」
「そうだよ。伊賀とか甲賀とか、色々あんだろ」
「ええと、その……。い、伊賀?」
「質問してんのはオレだろ。なんでお前が聞いてくるんだよ」
それからは眼を泳がせるばかりで、真面目に答えようとはしない。すると、置物同然のリサがそっと呟いた。
「不忍さんは忍者の家系じゃない。一般的なサラリーマン。説明終了」
「へぇ、そうなんだ。忍者との関係は?」
「皆無。母親はお菓子作りが上手で指先が器用。弟さんも、最初の内は姉の影響を受けて忍者の格好をしてたけど、今は爽やかなサッカー少年。蛇足の説明」
「うひっ。人の秘密をバラさないで……」
「それと大型犬を飼ってる。その子を忍犬にしようと試みたけど、全然上手くいかず、とりあえず『お手』から教えてる」
「アッハッハ。何それ、可愛らしいな」
「人の苦労を笑うんじゃないーーッ!」
顔面を紅潮させたニーナが立ち上がった。
「あぁ、悪い悪い。別にバカにしたつもりは……」
「問答無用! 忍びを怒らせた代償、その身をもって味わえでゴザル!」
「落ち着けって。こんな狭い所で暴れんなよ」
「忍法、鼻水鬼の術ーー!」
「聞けよオイ!」
説得もむなしく忍術とやらが発動した。意外にも完成度は高く、桃に染まる無数の花びらが辺りを舞い、壁や床一面を染めようとする。
「おっ、すげぇなコレ。どうやったんだ」
「後片付けが大変そう。丘上部長に怒られる」
「ふふん。お主ら、その余裕はいつまで保つかな?」
「何言ってんだお前……。フェックション!」
鼻がやばい、異常なほどにムズかゆくなってきた。
「マジでこれ、なんなんだよフェックシ!」
「クックック。花びらに鼻がゆるくなる粉末を仕込んだでゴザルよ。忍者を愚弄した罪、その身をもって償うが良いわ!」
「てめぇフザけんな」
「さぁて、その威勢もいつまで続くやら……ヘクチッ」
「お前も効いてんじゃん!」
仕掛けた本人までクシャミとか、自爆技かよ。
「ひぃぃ! 拙者の鼻がァァ! ヘクチッ」
「おい、これどうすんだ! ブェックシ!」
「誰か助けてぇ! あっ、助けるでゴザルよーー!」
「キャラ作りは後にしろ!」
その時、騒ぎとは不似合いなリサを見た。アイツはこの期に及んで読書を続けている。もちろんクシャミもなし。一貫して平然とした様子だ。
「一体どうして……」
顔をみれば、時々おちょぼ口にしていた。なるほど、食事時に見せた呼吸法で乗り切ってんのか。早速オレも真似してみよう。
「……って、出来るかボケェ!」
「おたすけぇーー誰かおたすけぇーー」
いよいよ呼吸が辛くなってきた。本格的にヤバいかと寒気が走った時、おもむろにドアがスライドした。
「遅れてごめんねぇ。部長会議が長引いちゃってさ」
「さ、サメ子。助けてくれ……」
「これ何の騒ぎ? あんまり散らかさないでよね」
するとサメ子は平然とした動きでホウキを操り、花びらを1ヶ所にまとめて捨てた。そして窓を開けて十分に換気をしたころ、ようやく落ち着きを取り戻す事ができた。
「ありがとう、助かったよ」
「面目ないでゴザル。丘上殿」
「次からは気をつけてね。室内では派手な忍法を使わないこと」
「グゥの音も出んでゴザル」
「ところでサメ子。お前は全然平気だったんだな」
「そりゃそうよ」
そこでサメ子は頭上を優しく撫でた。
「この子が守ってくれたもの」
「あぁ、そっすか」
「ちなみにね、サメの嗅覚が鈍いなんて事は無くて、僅かな血の臭いでも感知出来たりするよ。例えばこんな話があってね……」
しまった、サメスイッチを踏んでしまったらしい。嬉々として語る口は滑らかで、いつ止まるか分かったもんじゃない。聞き流す間、ふと尋ねてみたくなる。その話は長くなるのかと。だが助けてもらった手前、言い出しにくかった。
そして、その頃になるとニーナの流派なんかどうでも良くなっていた。あんなもん自己流だ、自己流。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます