5


 銀行の巨大貸金庫。

 その中で岩藤鎧は息を潜めていた。


 アクションスキルのサーチは例えレベルをMAXにしても金属を透見することはできない。


 サーチを使えないのはこちらも同じなのだが、岩藤はその“代わり”を用意した。

 逃げながら確保した厚手の衣類でグラスをつつみ粉砕し、その破片を撒いておいたのだ。


 非常に細かく砕いた破片の破砕音は意識しなければスルーしてしまうほど。

 だが当然岩藤ははっきりと捉えていた。


 ――来たな。


 徐々に近づいてくるのが分かる。

 イメージの中で敵の姿勢、歩く様子までがシミュレートされる。


 ――今だ。


 金庫内を覗こうとしたヒンジを引っ張り出し、後ろから拘束。

 喉元にナイフを突きつけた。


「ひぃっ⁉」


 怯える敵。

 だが、まだ殺しはしない。

 娘の美々が受けた苦痛の十分の一も返せてはいないのだから。


 無言で首をぎりぎりと締め上げる。

 

 レベルによるステータス補正があったとしても、岩藤の人並外れた怪力には抵抗し難い。


「ぐ……ぐるじい……助け、助けて……」


 岩藤の手にさらに力が加わる。


「し……死ぬ……、――なんてね?」


 ガッチリと拘束していたはずのヒンジがはじけ飛びプラズマのようなエフェクトを残して消えた。

 痺れたように体が動かない。


「あはは。なんで? って顔してるね。スキル『デコイ』だよ」


 2m前方。立てた人差し指をくるくると回しながらヒンジは答えた。


「おとりを残して任意の場所に緊急離脱。Lvに応じて離脱距離は伸びて、LvMAXではなんとスタンと毒のおまけつきだ。おじさんのセットスキルはカバーディフェンスとサーチ。もうこの状況覆しようがないでしょ? さあ、毒にやられて死ぬのと撃たれて死ぬのどっちがいい?」


 無言で睨みつける岩藤。


「そろそろスタンが切れちゃうから毒が効くまでは待てないねえ。となるとここは銃……とみせかけてやっぱりナイフだよねぇ!」



 身動きの取れない岩藤の首元にナイフが突きたった――



「は? なんで?」



 正確に言えばそれは岩藤ではなく岩藤のデコイ。

 針を刺された風船のように破裂。

 

 また、背後をとった岩藤。

 勝負が決するかに見えたが、ヒンジは咄嗟のひらめきで前方に飛びのき距離をとった。

 そして互いに銃口を向け硬直状態となる。

 


「ちょっとタンマ……ああ、なるほど……そういうことか。リーダーにサーチと叫ばせたのも……。ふむふむ、いやあ実に惜しかったねぇ。しかしこれでもうお別れかと思うと逆に寂しいねえ。俺的にはおっさんみたいなタフガイを殺るよりもこの前みたいに無垢な少女をいたぶる方が気持ちいいんだけどねぇ」



 ――本当によくしゃべる男だ。


 無言の岩藤の額に青筋が浮き出た。



「さて、じゃあ、そろそろ毒で死ぬ頃かな? それじゃいまいちスッキリしないからやっぱり銃で撃ち殺して上げるよ。バイバー……ッ⁉」


 ヒンジは喉元に強い衝撃が走ったのを感じた。

 そしてその直後から声が出せない。


 ――なんで⁉


 喉元に手をやると突起物が触れた。

 おそるおそる視線を下に移すとそこには深々と突き刺さったナイフがあった。


 ナイフの投擲。

 鞘から引き抜いて投げ出すまで常人では捉えられない速度の。


 気道を塞がれたヒンジは声が出せず、本当は呼吸苦などないはずなのにパニック状態となりのたうち回った。


「お前たちのようなクズには死と静寂がお似合いだ」


 静かな空間に岩藤の低い声だけが響いた。

 殺気の籠った視線に恐怖しながらヒンジは落命。


 毒を受けた岩藤も後を追うように、



 ――後は頼んだぞ……隊長。

 

 

  

 こうして岩藤は残機を失い戦線離脱した。


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