第124話 赤ペン教授 ~伊勢川島駅12時10分発~

先週やっとゼミが始まった俺たち。今週も先週と同じくゼミに向かっている。


伊勢川島駅12時10分発の湯の山温泉行き普通電車。ちょうどいい時間に大学に着くので、ゼミの時はこの電車で決まりの様子。って、今日は海織が電車が来る前から隣に居る。現在一緒に伊勢川島駅のホームに立っている。昨日は普通に、そして当たり前のように、うちに泊まっていた。なので今は話しながら電車を待っている。


「意外とテーマとかまとめるって難しいね。あれで大丈夫かな?」

「うーん。もっと考えていたら、いろいろ出てくるかと思ったけど、いざ考えると……だったね。言葉を知らないというか。まとまらないというか。ほんと大丈夫かなあんな感じで」

「とりあえず、どうですか?って何もできてないよりは良いと思うよ?」

「まあ、それはそうか」


海織は今週。ほぼ俺の家に居た。というか。居ることが当たり前になっていたからか俺も「ちゃんと家帰ろうよ」とか言う事すら一瞬忘れている時もあった。


でも今週は……結構真面目に夜とかは卒業論文のテーマなどを2人で考えていた。柊や斎宮さんには実はたくさんイチャついている。みたいなことを数日前に言われたが。そのようなことはなかった。うん。多分—―。


まあ、とりあえずだ。先週のゼミで、先生にまとめてくるようにと言われたので、それを作らないといけなかったため、2人で相談しつつ作っていたのだが……まあ、初めて作るものは難しかった。A4でまとめてこい。みたいに軽く言われたが……そもそもどんな感じに書いたらいいんだよ。みたいな感じになり。数日は書いては消して書いては消して。みたいな感じでやっていて。結局2日くらい前に。テーマと、それにした理由という感じで――。

何か……まあ大丈夫かな?とか自分でも思うようなレベルの物は出来たので――A4の紙に印刷をして、今カバンに入れてある。そして海織も似たような感じで作っていたが。俺よりかは、はるかにいい感じにまとめていた。


少し今週の事を思い出していると電車が駅にやって来たそして乗り込む。その後菰野駅では斎宮さんが乗って来た。柊はすでにサークルに顔を出しに行っているらしく。午前中から大学に行っているらしい。お忙しいやつだ。

そう言えば――この前なんか今年初めて行う行事があるとか言ってて、それに関わっているとか言ってたっけか。柊の奴ちゃんとゼミの事したのか?とちょっとだけ柊のことを心配していたらお隣で……。


「沙夜ちゃん沙夜ちゃん。最近楓君がね。なんか他の事考えてて私の話聞いてくれてないんだー。今も何か考えてるでしょ?」

「わー、浮気?浮気?ついに楓君浮気かな?」

「2人とも……ここ車内。人は少ないとはいえ。場所を考えましょう」


海織と斎宮さんに俺は遊ばれました。はい。いや、確かにちょっと海織と斎宮さんが話していたことを今言え。と言われると……だが。全く聞いてないとか。そういうことはない。うん。


それからしばらく、湯の山温泉駅に着いた後は、俺と海織、斎宮さんの3人はそのままゼミの部屋へと向かった。


「おー、3人ともおつかれー」


ゼミの部屋に行くとそこには柊がお昼ご飯を食べつつ。パソコンをたたいていた。


「柊何してるの?」


斎宮さんが柊のパソコンをのぞき込む。


「卒論のテーマやらを今必死に作ってる」

「もう始まるよ?」

「大丈夫、何とかなる」

「私はしーらない」

「最悪、楓が時間稼ぎしてくれると期待している」


いきなり俺の方に合図を送って来た柊だが――。


「俺も知らない」

「ちょっと、楓ー」


そんなやりとりをしつつ。柊は高速でパソコンたたいて……何とか作ったらしく駆け足で、学内にあるプリンターで印刷して帰って来た。そして柊が帰って来ると同時くらいにチャイムが鳴り。藤井寺先生が登場。


「ほっほっほー。どうじゃ?テーマまとまったかの。4人ともとりあえず出してみ」


先生が言い。4人がそれぞれまとめてきた。考えてきたことが書かれているプリントを先生の前に提出。


「ふんふん」


すると先生は胸ポケットに刺してあった――ボールペン?いや、あれは赤ペンか。キュポッ。みたいな音を出しつつ、赤ペンのキャップを外した藤井寺先生。順番に4人の作って来たプリントを見だして……。


「ふむ――ふむ……………………」


読みつつ赤ペンで何か書いている先生—―なのだが……。


「……」

「……」

「……」

「……」


それを見ていた俺たち4人はちょっと嫌な汗が流れていた。


まず俺の作ったプリントから見ていた藤井寺先生。すごい勢いで赤ペンが走る。ちょっと待って。タイム。先生タイム。俺が考えた言葉以上に先生の文字が書かれていく。あっ、藤井寺先生。カバンから新しい紙を出して、そちらに書き出した――どうやら俺の提出した紙だけでは、赤ペン指導?は書ききれなかった様子です。


「……ふむ。加茂君。参考にして再度まとめてみるのじゃ。」

「あっ……はい」


俺の手元に帰って来た紙は真っ赤。そして新しい紙が1枚増えていた。俺の後は海織の作ったプリントを見ていたが……うん。海織ですらA4いっぱいに赤ペンが走る。


「ふむ。これは……宮町さんか。ほれ。読んで参考にするのじゃ」

「……わかりました」


さすがに海織も唖然というのか。びっくりした感じで、その後も斎宮さんが俺と同じように2枚に渡り修正というか。もっと詳しくとか。仮説は?みたいな感じでどんどんチェックが入っていく。そしてラスト、柊に関しては……先生3枚ほど紙を使っていた。


「ほっほっほー。ふむ。これで全員終わったの。4人さん。はじめてにしちゃ。まあまあいい感じじゃの。あー白塚君はもう少しちゃんとまとめる必要があるかの。まあ、次までに、さらにいいものを作ってくるようにの。あと、自分の気になるところの本は多く読んでおくように。困ったことがあったら、遠慮なくここにメールしてくるのじゃ。そのうち返事するからの」


藤井寺先生はそう言いながら黒板にアドレスをささっと――。


「ほっほっほー。と言ってもいきなりは難しいかもしれんからの。これ。過去のこのゼミ生が作った論文じゃの。良かったら読んでみるのじゃん。参考になるかもしれん」


そう言いながら先生のカバンから数冊。というかしっかりと本のように作られているA4サイズの束が複数出てきて俺たちの前に置かれる。


待て待て、これから俺たちはこのレベルのものを作るのだろうか……何かすごいものが出てきたのだが……。


「ほっほっほー。驚くことはない。驚くことはない。大丈夫じゃよ。卒業までにはこんなものできるのじゃ。これを書いた学生もの何度も何度も修正したからの」

「……」

「……」

「……」

「……」


俺たち4人は、先生が赤ペンを走らせているあたりからフリーズというか。うん「これは、やばいな」みたいな感じで固まっていたが。過去の学生さんが作ったという卒業論文を見てさらに固まっていた。こんなレベルの物を作る必要があるのか……と。


そんなことを俺たちが思っている間も、藤井寺先生はニコニコしつつ「この学生はの、なかなかテーマが決まらんくての。苦労しておったが。良いものを作った」などと過去の話をしてくれていた。


「ほっほっほー。じゃ、今週はこれくらいかの。来週またまとめた物を見せるようにの」


そう言いながら先生は荷物をまとめて立ち上がる。


「ほっほっほー。そうじゃそうじゃ、時間があるならの、その論文じっくり読んでみるのじゃ。読み終わったらわしゃの部屋にポストがあるからの。そこに入れておいてくれ。それじゃの」


疲れた――という感じの俺たちを残して先生は部屋を去っていった。先生が出ていってからしばらくして。


「—―やべー。なんだこれ赤ペン祭り」

「柊は……直しがすごいね」

「海織ちゃん!私卒業できる気がしない!留年だよ!」

「あはは、私もこれは…大変かな」


柊は机につぶれて。斎宮さんは海織に抱きついている。


そしてこの時に、もしかして柊が先輩から聞いたというのか。なんかおつかれ。みたいに言われた理由は――藤井寺先生。もしかして、指導がめっちゃ厳しいのでは?と、気が付きだした4人だった。


その後は、全員予定がなかったので、外が暗くなるまでゼミの部屋で先生が置いていった過去の学生の卒業論文を読んでいた。まあかなりの量だったので、全部は読めなかったが。とりあえず読めるところまで読んでどんな感じに書かれているかを頭に叩き込んだ。そして帰る時に先生の部屋に返しに行った4人だった。


「疲れた――もう20時過ぎてるよ……」

「ホントだね。私この時間まで大学に居たの久しぶりかも」

「私は――あっ楓くんと6限?の講義受けてた時は、この時間だったね」

「そうだね。にしても……疲れた」

「うんうん。あとお腹空いたー。柊なんか食べ物ない?」

「あいにく何も持ってないな」

「なんでよー」


俺の前を歩いていた柊と斎宮さんがなんやかんや言い合っていると。俺の隣を歩いていた海織が話しかけてきた。


「なんか急に卒論作りが始まったって感じだね」

「うん。なんかすごく集中はしていた気がするけど……まず藤井寺先生が納得してくれるテーマ?というか構成ができないと進まない気がする……」

「あー、そうだね。多分しっかり決めてからしないと、テーマがブレちゃうとかそういう事じゃないかな?」

「なるほど――でも、今日はまず帰って横になりたいかな。久しぶりにすごく疲れた気がする」

「じゃ、お疲れの楓君のところに、私も泊まってマッサージしてあげようか?」

「大丈夫、マッサージは大丈夫。優しくしてくれるなら……ちょっと欲しいかもって思ったけど」

「えー。私いつも優しいマッサージしてるよね?ニヤニヤ―」

「嘘。絶対嘘」


そんなことを話しながら湯の山温泉駅までやって来た俺たち4人は、20時46分発の近鉄四日市行き電車に乗った。さすがに遅い時間なので車内は空いている。


「ねえねえ海織ちゃん」

「うん?何沙夜ちゃん?」

「今度の休みの日に一緒に、ゼミの構成?考えない?私1人だとパンクしちゃうよ」

「じゃ、楓君のところでやろうか」

「賛成!」

「……あの、勝手に俺の部屋を使うことが決まってませんか?」

「海織ちゃんと楓くんはセットだから、どちらかの許可があればOKだよね?」

「ははは……」

「えー、それ平日にならないか?」

「なんで?柊なんか休みにあったっけ?」

「いやいや、今年初めて大学がするって言ってた、七夕祭あるだろ」

「あー、はいはい、柊の部屋にチラシが散らかってたよね」

「それは沙夜が見てほったらかしにしたから、散らかったんだが……」


柊と斎宮さんが話しているが、七夕祭?うん。俺は聞き覚えの無い名前が出てきた。七夕になんかするのだろうか……と思っていると。


「楓君楓君」

「どうしたの?」

「七夕祭ってなに?」


海織も知らない様子だったが。残念ながら俺も初めて聞いたので、全くわからない。なので俺が「あいにく俺も知らない」と答えようとすると。


「えっ?楓と宮町さんまだ七夕祭知らなかったの?」


俺と海織の会話が聞こえていたらしく。まあ隣にいるから聞こえるか。そして柊に聞かれた俺と海織は同時に頷いた。いや、本当に初めて聞いたのでね。

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