第20話

15年前に起こった高校生殺人事件が緑ヶ丘住宅の連続殺人事件の原因になっていると確信した捜査本部は、殺された高校生の父親である合田博幸の所在を確認していた。

現在は東京都に住んでいることが分かり、所轄の刑事が確認に向かったが、数時間後に驚くべき事実が報告された。

「合田博幸は2週間前から入院しています。末期のすい臓がんだそうで、5日前から危篤状態が続いています」

電話を受けた管理官はそのことを集まっていた捜査員に伝えた。

「合田はホンボシではなさそうだ」

誰かがそう言うと全員がため息を吐いていた。

合田博幸が連続殺人事件のホシであればこの事件は一挙に解決となる。

連日の捜査でやや疲労感が現れていた捜査官たちは合田がホンボシであってくれと本音では思っていたのである。

捜査官は事件が解決するまでは基本的に不休である。

家が遠いほかの所轄からや本部からの応援は家に帰ることも出来ない。

だが、警察官である以上はそれは覚悟のうえだったし、まして刑事課の刑事たち捜査の第1線上で活躍する刑事たちの精神はタフだったのだが、捜査が何週間も続くとさすがに疲労は出てきて、戦場の戦士のようにある一瞬厭戦気分が見舞うことがある。現在がその状況であった。

しかも、高校生殺人事件の第3の目撃者である石橋薫は、殺された他の目撃者との関係を頑なに否定している。

緑ヶ丘住宅に住む高校生が目撃した不審者もその後発見、目撃されることはなかった。

住宅地以外の人間なのか、住宅地に住む人間なのかさえも分からない。

完全に行き止まっていた。

マスコミの報道も捜査本部からの情報統制により報道するネタが無くなり、ほとんど続報はなかった。

「まさかお宮入りということはないだろうな」

とマスコミのなかではささやきはじめたくらいだった。


深津たちがお手上げ状態になったころ、埼玉県警本部捜査1課の河野たちは第1の被害者である杉原理恵の夫の元の会社の同僚たちに話を聞いてまわっていた。

5年前に死去したときは65歳で、まだ会社に顧問として働いていたので、定年退職して無職になった人よりは人付き合いがあるほうだったので、様々な話を聞けていた。

そのなかでやはり注目されるのは、どうして緑ヶ丘住宅に転居してきたかの事情であった。

ある同僚の話によると、緑ヶ丘住宅の家を見つけてきたのは妻の理恵だった。

夫の話によると

「古くからの友人がいて紹介されたから」

ということだった。

それが何を意味するかということは、捜査の進展に伴って明らかになってきた。

だが、話によると、どういう知り合いだったのか分からなかったという。

妻は緑ヶ丘に転居後その知人を夫に紹介するどころか、そんな話はなかったかのような態度を取ったということだった。

そのことが夫はかなり不審に思ったのだという。

だがそのことを何度も妻に詰問しても妻はけっして訳を話さなかったという。

河野はそのことがひっかかりどうしても頭から離れなかった。

理恵の住宅街の友人である5丁目の藤野美佐にたびたび話を聞いていたが、改めてそのことを聞きにいった。

相棒の窪田も一緒である。

藤野は杉原理恵と同じフィットネスクラブに通っていて、町内でも一番親しい関係だった。

「杉原理恵さんの旦那さんの話では、こちらの住宅街にもともと知り合いがいてその人の紹介でこちらに越してきたという話ですがご存知だったですか」

藤野は白髪が大半の頭をかしげながら考えていた。

「そうですね、確かに知り合ったころにそんな話をしていた覚えがありますね」

「それは誰だったか記憶はありませんか」

「名前を聞いた覚えがありますけど、どうだったかはすぐには思い出せません」

しばらく考え込んでいた。

「そうだ、たしか3丁目のほうに住んでいるとか言っていました」

「名前までは思い出せませんか」

「もう10年以上も前のことですから、どうですか・・・」

「それでは思い出したら連絡していただけますか」

河野と窪田は住宅街を後にした。


「知り合いの人物というのはやはり奥山とか石橋のことでしょうか」

「その可能性が高いな。しかし、どうして同じところにまた住んだのか、それを隠すのはなぜか、いろいろと深そうな話だな」


捜査本部までの戻り道に国道があり、ちょうど帰宅ラッシュで渋滞していた。

真っ赤なテールランプの列が暗くなった空間に眩かった。





#21に続く。




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