最終章-3
マグノラさんはドンちゃんの事も背中に乗せてくれました。
動き回る双子を目で追いながらも、ドンちゃんの涙は止まりません。
「マグノラさんは、前に言ってたよね。竜としては一番魅力的なお年頃だって。まだまだいっぱい遊べるよね?」
黒ドラちゃんがいうと、マグノラさんがガラガラ声で笑いながら答えてくれました。
「おやまぁ、よく覚えているもんだねえ。そうだよ、今でも魅力的だろう?」
「う、うん」
「でも、それならどうして、」
「ごめんよ、黒チビちゃんたち。良いかい?覚えておくんだよ、レディの年齢っていうのはだいたい少しだけ若く言うものなのさ」
「え、じゃあ、本当は……」
「けっこうなお年頃ってところだね」
マグノラさんの答えに、黒ドラちゃんもドンちゃんも言葉が出てきませんでした。
「ねえ、マグノラさん、竜ってすごく長生きなんだよね?」
「ああ。ずいぶん長く生きたね」
「……それって、もう少しだけ延ばせないの?」
ドンちゃんの声が震えています。黒ドラちゃんにはドンちゃんの気持ちが痛いほどわかりました。
もう少しだけ、あと少しだけ――
少しの沈黙の後で、マグノラさんの優しいガラガラ声が響きます。
「ドンチビちゃん、望んでくれてありがとう。でも、きっといつまでたっても『あと少し』って感じるものなのさ」
「マグノラさん」
「ありがとうよ、おチビちゃんたち。こんなに幸せな気持ちで眠りにつけるなんて、あたしはなんて幸運な竜だろう」
マグノラさんは再び丸くなると目を閉じて、ゆっくりとしっぽを振りました。
岩のように茶色の体の上にも、白い花びらが降ってきます。
「長く眠ることになるだろうからね。この花びらを守りとするように伝えておくれ」
それからマグノラさんは一度だけ目を開けると黒ドラちゃんを見つめながら話しました。
「竜が眠りにつくときには、色々な理由がある。でもね、どんな理由にしろ、それも大きな『流れ』の一部なのさ。誰のせいでもないし、何かのせいでもないんだよ」
「マグノラさん……」
「ただ、その時が来たってだけだ」
それから今度はドンちゃんを見つめました。
「ドンチビちゃん。『いつか』なんだよ。今日があたしとドンチビちゃんたちにとっての『いつか』さ」
うつむいていたドンちゃんが顔を上げます。
「どうやって『いつか』を迎えるかは、もう知っているね?」
その言葉に、ドンちゃんがハッとしました。それからキュッと口元を引き締めて涙をぬぐいます。
「マグノラさんは幸運な竜だったんだもんね」
「ああ、そうだよ、ドンチビちゃん」
「あたしも……あたしもきっと幸運なノラプチウサギになるよ」
「ああ。もうなってるかも、だけどね」
マグノラさんがおどけて言うと、ドンちゃんが笑顔でうなずきました。
「ママァ?マグマグ~?」
マシルとグートが不思議そうにマグノラさんとドンちゃんを見ています。
多分、ドンちゃんが泣いたり笑ったりしていることが不思議なのでしょう。
マグノラさんが再び目を閉じて丸くなります。
ドンちゃんがマグノラさんの耳元で話しかけました。
「ねえ、マグノラさん、また……次に会ったときにもあたしたちのこと覚えてる?」
マグノラさんは目を閉じたままちょっと悲しそうな声で言いました。
「そうだねえ……残念ながら忘れちまっているかも知れないねぇ」
「そうなんだ……」
ドンちゃんのお耳が悲しげに垂れ下がりました。
「だからさ、その時はまた教えておくれよ。ドンチビちゃんたちのこと」
「うん!」
ドンちゃんのお耳がピンと伸びます。
「ぶぶぶいん?」
モッチが特大のはちみつ玉をマグノラさんの前に置いています。
「ああ、良い香りだね。モッチもまた教えておくれ。ステキな王子様の見つけ方と、すごいはちみつ玉の作り方をね」
「ぶぶいん!」
モッチが大きく羽音でこたえています。
目を閉じたままのマグノラさんに、黒ドラちゃんも話しかけました。
「あたし、マグノラさんに初鱗のお話をしてあげる!」
「ああ、ありがとう」
マグノラさんが笑いながらうなずきます。
「それから、ペペルさんところの双子の赤ちゃんの話とか」
「うん、うん」
「ダンゴローさんの地味でも大冒険なお話しとか」
「ぶぶいん!」
「うん、うん」
「ブランが教えてもらった竜の常識も、あたしがマグノラさんに話してあげる!」
「うん、ふふ」
「スズロ王子とカモミラ王太子妃の双子の赤ちゃんのことも教えてあげる!」
「ありがとう」
「あ、ラウザーがどんなにおっちょこちょいだかも!」
「それと、ナゴーンのホーク伯爵のところの劇場のお話しとか」
「あ、ノラウサギダンスも見てもらわなくちゃ!」
「グラシーナさんとラキ様のおはなしとか」
「それから、それからっ」
「マグマグ~?!」
夢中になって話していた黒ドラちゃんたちは、マシルの声で我に返りました。
見ればマグノラさんは眠っています。いつの間にかお返事も途絶えていました。
白いお花の森の中は、まるで眠るマグノラさんを隠すように白い花びらが舞っています。もうすぐ、この森は閉じるでしょう。黒ドラちゃんたちも森から出なければなりません。
黒ドラちゃんはドンちゃんとマシル、グートを抱っこしました。モッチは頭の上にとまっています。
「マグノラさん、眠っちゃったね」
「うん」
「……帰ろうか」
「……うん」
「ぶ……ぶいん」
黒ドラちゃんは、一歩一歩踏みしめながら花びらの舞う白いお花の森を歩きました。
何度か腕の中でマシルがもぞもぞと動いて、マグノラさんの方を振り返っていましたが、黒ドラちゃんは振り返りませんでした。
振り返れませんでした。
振り返ったら、きっと泣いてしまったでしょう。泣いてマグノラさんのところへかけよって、『願って』しまったでしょう。
もう一度目覚めて欲しい! って。
優しいガラガラ声で「黒チビちゃん」って、頭を撫でて欲しい。不思議な話や楽しい話を聞かせてもらったり、お話ししたり、もっと、もっと。
でも、マグノラさんは眠りを受け入れているのです。
目覚めて欲しいと願うのは、マグノラさんの想いとは重なりません。
黒ドラちゃんの目に、周りの白いお花がどんどん散っていくのが映りました。ゆらゆらとにじんで、森が水の中に沈んだように見えています。
「ドラドラ~、ふわふわ?」
マシルが腕の中から話しかけてきます。
「うん」
黒ドラちゃんはそう答えるのが精一杯でした。
「黒ドラちゃん、葉っぱも落ちてきてる」
「うん」
ドンちゃんの言葉にも、同じようにしかこたえられません。
「マグノラさんの森、枯れちゃうのかな?」
「……」
もう、黒ドラちゃんは答えられませんでした。うなずいただけでも、涙がこぼれちゃいそうだったのです。
腕の中のドンちゃんたちをギュッと抱き締めると、黒ドラちゃんは、まっすぐ前をむいて歩き続けました。
そして、森を抜けてから、黒ドラちゃんはようやく後ろを振り返りました。
白いお花の森は、無くなっていました。
代わりに、花の落ちた枯れた森がそこにはありました。
たった今歩いてきたはずの森の道も消えています。
ただ、木々が静かに立つだけの枯れた森に、マグノラさんの甘い香りだけが漂っていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます