最終章-2

 白くてふわふわなかけらが降る中、黒ドラちゃんは急いで森の外れを目指しました。


 古の森に雪が降るなんて、やはり何か不思議なことが起こっているに違いありません




 森の外れに着きましたが、見知らぬ竜はもちろんのこと、何も変わったものは見当たりませんでした。

 黒ドラちゃんは首をかしげます。


「うーん。まだよくわからないなぁ」


「匂いはする?」


 ドンちゃんが背中からたずねます。


 でも、黒ドラちゃんにもよくわかりませんでした。


「ドラドラ~!?」


 黒ドラちゃんの背中にいたマシルが勢いよくとび降りてきました。

 見ると両前足にいっぱい白い雪を抱えています。


「え、すごいね、じゃなくて、どうして溶けていないんだろう?」


 黒ドラちゃんが不思議に思って手の平に乗せてみると、それはふわりと淡く輝いて消えてしまいました。後には甘く優しい香りが残っています。


「ぶぶいん!!」


「これ、雪じゃない!マグノラさんのところの白いお花の花びらだ!」


 黒ドラちゃんの言葉に、ドンちゃんもふんふんと鼻を動かします。マシルの手元から花びらを一枚つまんでみました。

 ドンちゃんの手に渡ると、それは先ほどと同じようにふわりと淡く輝いて消えてしまいました。そして、後には甘く優しい香りが。


「黒ドラちゃん!」

「ドンちゃん!」

「ぶぶいん!」


 黒ドラちゃんは急いでもう一度みんなを背中に乗せると、マグノラさんのいる白いお花の森へと飛んでいきました。


 白いお花の森に着くと、森の中ではもっとたくさんの花びらが舞っていました。

 ひらひら、ひらひらと、それはまるで意思があるもののように森から遠くへと風に乗って流されていきます。


 いつもなら、白いお花の森へ来ると、マグノラさんに会えるのが楽しみでウキウキしながら森を進んでいくのに、今日は何だか違いました。

 黒ドラちゃんは、胸がひんやりするような、うずくまりたくなるような、急がなければいけないような、そんなよくわからない気分になっていました。


「ぶぶい~~ん?」


 モッチが首をかしげています。いつもならたくさんのミツバチさんたちが飛び交っている白いお花の森が、今日は妙に静かだからです。



 やがて、森の真ん中のお花畑へと着きました。

 真ん中には、いつものようにマグノラさんが大きな茶色の岩のように丸くなって眠っています。


「マグノラさん!」


 ホッとして黒ドラちゃんが走り出すと、背中からドンちゃん、マシルが飛び降りました。


「マグノラさん!」

「マグマグ~!」


 いつものマグノラさんなら、目を覚まして大きなあくびをして「よく来たね、おチビちゃんたち」って笑ってくれたでしょう。



 でも、今日のマグノラさんは違いました。黒ドラちゃんたちがそばに来ても目を覚ましません。


「マグマグ~?」


 戸惑う黒ドラちゃんたちの中から、マシルが前に飛びだしてきてマグノラさんの背中に登りました。その場でぴょんぴょんと跳んで見せます。


「マシル、ちょっと」


 ドンちゃんが止めようとするのと、マグノラさんが目を覚まして大きなあくびをするのが重なりました。


「ふわわわわ~」


 牙の並んだ大きなお口を見て、あわててマシルが飛び降りてドンちゃんの背中に隠れます。


「マグノラさん」


 黒ドラちゃんがホッとしてマグノラさんに声を掛けると、マグノラさんがよっこらせと起き上がりました。


「おやおや、どうしたんだ?そんな顔をして」


 マグノラさんはいつものようにガラガラ声でおどけて見せますが、黒ドラちゃんは心配でした。


「マグノラさん、なんだか白いお花が散っちゃってるよ。花びらが古の森にも雪みたいに降ってきたんだ」


 今も白いお花の森にはどんどん花びらが降ってきているのです。それは森の木々に咲いた白いお花が散ってしまってきている、ということでした。



「こんなに散っちゃったら、お花がすっかり無くなっちゃわない?」

 ドンちゃんも不安そうに聞きました。

 マグノラさんはゆっくりと伸びをすると、マシルとグートを頭の上に乗せてくれました。普段より高い位置に登れて、双子は大喜びです。


「これから、もっと降るよ。降らせなくちゃいけないのさ」


 マグノラさんの言葉に、黒ドラちゃんとドンちゃんは顔を見合わせました。


「もっと、降るの?」

「もっと、散っちゃうの?」


「ああ」


 マグノラさんはお花畑の真ん中でゆったりと体を丸めます。マシルとグートが頭の上から背中へ移動して、そのままマグノラさんの上で遊び始めました。


「そうなんだ」


 黒ドラちゃんはもっとマグノラさんに色々と聞きたいことがあった気がしましたが、出てきたのはつぶやきみたいなお返事でした。


「マグノラさん、お花が散っちゃっても大丈夫なの?」


 ドンちゃんがたずねると、マグノラさんはゆったりと尻尾を揺らしながら答えてくれました。


「そうだね……しばらく、眠ることにしたんだよ」


「眠るの?いつもみたいにお昼寝するの?」

 ドンちゃんが首をかしげながら続けると、マグノラさんが優しく答えてくれます。


「そうだね、ちょいと長いお昼寝になるかも知れないね」


 ドンちゃんが黙り込みました。長いお昼寝って言葉に戸惑っているみたいです。


 黒ドラちゃんはドキドキする胸を押さえながらマグノラさんにたずねました。


「まさか、眠って……卵になっちゃったりしないよね?」


 マグノラさんは尻尾をゆったりと振っていましたが、何も答えてはくれません。



 黒ドラちゃんは、なんとかマグノラさんに長く眠るのをやめてもらえないかぐるぐると考えました。

「マグノラさん、あのっ」

 どう話そうかまとまらないうちに話し出した時、ドンちゃんがマグノラさんに抱きついたのです。


「マグノラさん!マグノラさん!マグノラさん!」


 ドンちゃんは泣いていました。


「食いしん坊さんがね『カモミラ様のお産の時、双子を安全に産むためにマグノラさんが本当に力を尽くしてくれた』って言ってたの」


 ドンちゃんがマグノラさんの目を見つめます。


「長く眠らなきゃいけないくらいに『力を尽くし』ちゃったの?」


「おやおや、そんなことを考えていたのかい」


 マグノラさんがいつものように明るいガラガラ声で笑いました。



「ちょいと大変な人間のお産を見守ったからって、竜の眠りを早める事なんてないさ、ドンチビちゃん」


 マグノラさんの尻尾がゆっくりと振られます。辺りに優しい花の香りが広がりました。


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