しゅっぱつー!しゅっぱつー!
その夜、一行はホーク伯爵の劇場で様々な芸を見ました。
アーマルの歌と踊りは、2年前よりも洗練され磨きがかかり、さらに美しさも加わって、黒ドラちゃんたちをうっとりとさせてくれました。
ラマディーは、笛に加えて新しい芸を身につけていました。
ナイフをクルクルと同時に何本も回し、自身も回転するという技を披露してくれたのです。爽やかな青年になったラマディーには若い女の子のファンがたくさんついていて、ナイフを取り損ねる風に体勢を崩すと「きゃー!」という悲鳴があちこちで響きました。
黒ドラちゃんも、若い女の子たちに交じって、ラマディーがナイフを取り落としそうになる度に、ハラハラドキドキしながら見守りました。
ナイフの芸が終わってラマディーが笑顔でお辞儀をすると、おひねりが雨のように舞台に降り注ぎました。舞台の袖から、頭にカゴのような帽子を被った小さな男の子や女の子たちが飛び出してきます。子どもたちは嬉しそうにおひねりを拾っては、いそいそと帽子の中に集めていました。
どうやらこの2年で、ラマディーは姉のアーマルとともに、劇場の花形芸人に成長したようです。
様々な芸がひと通り披露された後、伯爵が舞台の端に上がりました。
そして、竜飛記念日を祝う言葉とともに、ノーランドのノラウサギダンスの口上を述べ始めました。
「……今夜は、そのノラウサギダンスの名手を、ご夫婦でお招きしております」
伯爵に当たっていたスポットライトが消え、代わりに舞台中央に小さな二つのシルエットが映し出されました。
次の瞬間、パッと明るくなった舞台には、ピシッと蝶ネクタイをしめた食いしん坊さんと、可愛らしい若草色のドレスを着たドンちゃんが立っていました。
二匹で向き合ってピョンと跳ねてから、左足をトントン、くるっと回って今度は右足をトントン。
初めは静かに始まったダンスは、だんだんとスピードを上げて激しくなっていきます。
そして、二匹でお耳をピーンとさせてコツンと軽く額をぶつけると、辺りに眩い光の輪が広がりました。
この、踊り手の気持ちが一つにならないと生まれない光の輪は、ノラウサギダンスの一番の見せ場なのです。そのまま踊り続ける二匹から、絶え間なく光の輪が繰り出されます。何重にも広がる光の輪の中、最後に食いしん坊さんがドンちゃんを優しく抱き上げてくるっと回して静かに降ろし、二匹のダンスは終わりました。
劇場が一瞬シンとした後、割れるような拍手がわきおこりました。マシルが興奮してラウザーの頭の上で何度も跳ねています。グートは黒ドラちゃんの腕の中で大人しくしていましたが、目はキラキラと輝いていました。
舞台の上では食いしん坊さんがドンちゃんをギュッと抱きしめています。とてもとても幸せそうで、黒ドラちゃんは何だか嬉しすぎて泣きたくなっちゃいました。
********
「ふわわわわ~!」
翌朝、ふかふかのベッドの上で目覚めた黒ドラちゃんは、大きく伸びをしました。
今日はこれから、王都へ一日かけてゆっくりと飛んで行く予定です。昨日美味しいものをたくさん食べて、素晴らしい芸もたくさん見られたので、今は気力体力ともみなぎっている気がしました。
前回はラウザーが窓を壊して出発しましたが、今回はちゃんとホーク伯爵や劇場のみんながお見送りしてくれての出発です。
黒ドラちゃんが1階の大食堂に行ってみると、もうみんながそろっていました。
「おはよう、黒ドラちゃん」
「おはよう、ドンちゃん。みんな早起きだね。マシルやグートも偉いね」
そう言って黒ドラちゃんが二匹を褒めると、ドンちゃんが苦笑いをしながら教えてくれます。
「実はね、朝早くから、早く花籠に乗って空を飛びたい!ってマシルが大騒ぎして……」
「出発は朝食の後だと言い聞かせたら、今度は『おはようマンマを早く食べる!』と言い出しましてね」
食いしん坊さんが眠そうに、ドンちゃんのお話に付け足してくれました。
当のマシルはもうすでに朝ご飯を食べ終えたらしく、のんびり食事をしているグートを一生懸命せかしています。
でも、グートはこんなことには慣れっこのようで、ゆっくりとデザートのお皿からクローバーのプリンをスプーンですくってむぐむぐと美味しそうに食べていました。
「マシル、出発の時間は伯爵様と決めてあるんだ。グートをせかしたところで早まらないんだよ」
食いしん坊さんが優しく話しかけると、マシルのお耳ががっくりと垂れ下がりました。
あらあら、横で一緒に飛んでいたモッチも「ぶいん」なんて言ってうなだれています。
どうやら早く出発したいのはマシルだけでは無かったみたいですね。
そうこうするうちに、黒ドラちゃんものんびり屋のグートも、朝食を食べ終わりました。
伯爵はみんなを劇場前の広場へ案内しました。
そこに、可愛らしく花で飾られた大きめの籠が二つ用意されています。
「あ、私の分も用意してくださったんですね!?」
リュングが嬉しそうに声を上げました。
そういえば、前回、リュングはラウザーの背中に乗っていたんでしたっけ。
「こちらの大きめの籠はグイン・シーヴォご一家で、その少し小さめの籠はリュング様に乗って頂こうとご用意しました」
伯爵の説明で、黒ドラちゃんたちは籠をよく見てみました。
ナゴーンの鮮やかな色の大小様々なお花で飾られた籠は、ふかふかのクッションが敷き詰められています。乗っているだけで楽しい気持ちになれそうなステキな花籠でした。
「ぶぶい~~ん!」
飾られているお花の蜜を確認すると、モッチが感激して伯爵の肩に止まりました。
「ぶいん!」
見ればニクマーン型のはちみつ玉を伯爵に差し出しています。
モッチお気に入りのナゴーン特産のピンクのお花の蜜を使ったらしく、うっすらピンク色です。
「え、これを?また私がはちみつ玉を頂いてよろしいのですか?」
昨日、伯爵はニクマーン型のはちみつ玉ハッチをみんなに披露しました。
2年以上経っても、ハッチはつややかで澄んだ蜂蜜色をしたままです。可愛がられて幸せそうな様子を確認して、モッチは伯爵に何度もありがとうと羽音で伝えていました。
「ぶぶいん、ぶいん!」
「そうですか、確かにハッチもお友達が増えれば嬉しいでしょう。……モッチさん、この新しいはちみつ玉、ありがたく頂きます」
どうやら、伯爵がモッチとお話しできる不思議な能力も健在のようです。
お礼を言って受け取ると、ニクマーン型のはちみつ玉が、伯爵の手の中でほわんっと柔らかく輝いたように見えました。
そうこうするうちに、ラマディーやアーマル、劇場の人たちも広場の前に集まってきてくれました。
夕べは遅くまで舞台に立っていたので眠いはずですが、全員がそろって見送りに出てきてくれたのです。
「古竜さま、俺たちも後から馬車で追いかけますから!」
ラマディーが元気に声をかけると、アーマルを含む数人の芸人さんがうなずいてくれました。お城のお祭りに呼ばれている芸人さんたちのようです。
「うん!先に飛んでいくけど、お城でまたラマディーたちの芸を見るのを楽しみにしてるね!」
そういうと、黒ドラちゃんは竜の姿に戻って、大きい方の花籠を首に掛けました。
籠にはドンちゃんと食いしん坊さん、グートとマシル……あれ!?マシルが乗っていません。
「しゅっぱつー!しゅっぱつー!どっかーん!」
元気よく声を上げるマシルは、リュングの乗る花籠にちゃっかり乗っていました。
モッチも頭の上で張り切ってぶんぶん羽音を立てています。
「仕方ありません。幸い籠のスペースには余裕がありますし、古竜様、陽竜様、この振り分けで出発しましょう」
リュングは一気に賑やかになった籠の中で、ちょっと困り顔でしたが、道中の時間配分が頭をよぎったらしく、そのまま出発することに決めたようです。
「それじゃあ、いよいよ困ったちゃんな竜ご一行出発しま~す!」
黒ドラちゃんが大きく宣言して羽ばたくと、花籠がフワッと浮かび上がり、中でグートが目をキラキラさせました。
「黒ちゃん、俺たち今回は『お呼ばれ竜』だよ。それ、行っくぜ~い!」
ラウザーも続けて飛び上がります。
籠の中ではマシルとモッチが、ぴょんぴょんぶんぶん大騒ぎしていました。
「みなさま、ありがとうございました!伯爵様、一足先に城へ向かいます、また後で!」
賑やかな二匹に負けないように、リュングが下に向かって叫ぶと、劇場のみんなが大きく手を振って見送ってくれます。
ホーク伯爵の腕の中のピンク色のはちみつ玉が、陽の光を跳ね返してキラリと輝いてみえました。
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