♪勝手に夏休み企画☆海だ!祭りだ!黒ドラちゃんだ☆

お船でお出かけ

 ザザ~ンという波の音に、吹き抜けていく潮風。

 黒ドラちゃんたちは「優美なる古竜号」の船上で、穏やかな波に揺られていました。



「良いよねぇ、波の音」

「ぶぶい~~ん」

 黒ドラちゃんのつぶやきに、頭の上のモッチがこたえます。


「食いしん坊さん、見てみて!あれってラジクの尻尾じゃ無い?」

「おお、確かに。ほ~らマシルとグートも見てごらん」

「わあっおっき!しっぽ!ばちゃばちゃーっ!」

 ドンちゃん一家も勢揃いしています。

 元気に声を上げたマシルの横では、グートが気持ち良さそうに潮風に目を細めていました。


「きっと古の森のみんなのこと歓迎してくれてるんだぜ!ラジクって滅多に姿を見せないんだから!」

「あーっ、ほらほら陽竜様、あんまり船から身を乗り出さないでくださいよ」

「なんだよ~、リュングってば。俺いつも波すれすれに飛んだりしてるじゃんか。このくらいどうって事無いって!」

「今日はダメです、マシルたちが真似しちゃったら困りますからね」

「そ、そっか」

 南の砦から、お馴染みのラウザーとリュングのコンビも同乗しています。


「らうざ、だぁめだめ~」

「ちぇ、マシルったら、そう言いながら頭の上に登ってくるんだから」

「マシルはラウザーのこと大好きなんだもんね」

「きゃはっ!らうざたか~い♪」

 黒ドラちゃんもモッチも、ドンちゃん一家もラウザーたちも、みんな楽しそうです。


 あれ、でもちょっと待って……このメンバーで船に乗るって言うと、何だか前にも似たようなことがあったような気がしませんか?


 そうです、賑やかな一行が向かう先は、砂漠と海と緑の国……

 あのニクマーン騒動で訪問した事のある、南の国ナゴーンです。


 え、どうしてまたみんなでナゴーンに向かっているのかって?

 それにはちょっと前の出来事から、順を追ってお話ししなければいけませんね。




 ********





 黒ドラちゃんたちの棲んでいるのは、バルデーシュという国です。バルデーシュは、昔々のこと南の国のナゴーンと戦争をしていた時期がありました。

 そして、争う人間同士をバルデーシュにいた竜が強制的に眠らせてしまうことで、長引く戦争に終止符を打ったのです。竜の偉大な魔力の前では、どんな優れた武器も魔術も、人々の憎悪さえも無力でした。バルデーシュもナゴーンも、これ以上争うことは許さない……平和を願う竜の強い気持ちの前に、二つの国はそれぞれ矛を収めたのです。


 この出来事によって、竜は強大な魔力を持つ恐ろしい存在だと、ナゴーンの人々の記憶に刻まれることになりました。バルデーシュの人間も同じように眠らされたとはいえ、そこは守護竜として守ってくれてきた長い歴史があります。争いのない時には、竜は穏やかに人々の暮らしを見守ってくれる優しく頼もしい存在だったのです。


 一方のナゴーンの民は、長らく竜に対する恐怖心を抱いて過ごしてきました。そのため戦争が終わった後も、バルデーシュとナゴーンの国交は絶えたままでした。

 だからこそ、前回ラマディたちのためにナゴーンへ行く時には、非公式を装って行くしか無かったのです。


 けれど、あの『困ったちゃんな竜たちの非公式の訪問』を機に、ナゴーンとバルデーシュの関係は大きく変わりました。定期船の運航から始まり、両国の物資や人が行き交うようになり、文化的な交流も始まりました。バルデーシュには無い種類豊富な果物や料理法、色鮮やかな織物、ホーク伯爵領に代表される優れた芸の数々。


 数ヶ月間の試験的な交流を経て、ナゴーンとバルデーシュは、お互いを友好国として認めることになったのです。


 そして、ナゴーンではこの国交の始まりの出来事、『困ったちゃんな竜たちの非公式の訪問』があった日を国の祝日『竜飛記念日』として祝うことになりました。


 第一回は、ホーク伯爵領での特別な催しなどを中心に、ナゴーン国内のみで祝われました。


 そして、今回の第二回は、バルデーシュとの関係が落ち着いてきたこともあり、はじめてバルデーシュ側の要人(要竜)が招待されたのです。


 つまり、かつて困ったちゃんな竜一行としてナゴーンを訪れたメンバーが、正式な招待客として訪問することになった、というわけでした。


「ぶっぶい~~~ん!」


 そうそう、今回の招待にはモッチも含まれています。前回は、ニクマーン型のはちみつ玉『ハッチ』を黒ドラちゃんに託しお留守番でしたが、今回は現地についてからたくさんのニクマーン型はちみつ玉を作る予定なのです。はちみつ玉を作るための蜜は、色鮮やかなナゴーンの花から採るつもりで、モッチは大はりきりでした。


「もちゃもちゃ~!」

「ぶぶいん!」


 よくわからないけど、黒ドラちゃんの頭の上のモッチと、ラウザーの頭の上のマシルは、力強くうなずき合っています。


 冒険好きな二匹にとって、今回のナゴーン行きは一大イベントでした。ナゴーンへの訪問が決まってから、食いしん坊さんにお願いして『ステキなおでかけ☆旅の本』の最新号をとりよせてもらったり、前回のナゴーン行きの時のことを黒ドラちゃんやドンちゃんにねだって何度も何度も聞かせてもらったり、とにかく楽しみで、楽しみで、昨日の夜なんてよく眠れなかったみたいです。

 でも、こうして二匹とも元気に船に乗っているところを見ると、眠気よりも楽しみにする気持ちの方が勝ったみたいですね。



「ねえ、今回はあのおじいちゃんのいる港町まで船で行くんでしょう?」

「はい。ナゴーンからの正式な招待ですからね。前回のように海上に船を残して、なんてことはしなくても良いんですよ」

 黒ドラちゃんの質問にリュングがこたえてくれます。


「でも、あの籠で空を飛ぶのも楽しかったなぁ」

 ドンちゃんが前回のことを思い出しながらつぶやきました。

 するとリュングがすぐに教えてくれます。

「それなら大丈夫です。港町に入ったら馬車でホーク伯爵領へ向かい、そこからナゴーンの王都までは前回と同じように皆さんには籠に乗って頂き、古竜様と陽竜様が飛ぶことになっていますから」


「そうそう!だってさ『竜飛記念日』なんだぜ!俺たちが馬車でお城に向かっちゃったらつまらなくなっちゃうよなぁ?」

 ラウザーが得意そうに尻尾を振り回して続けました。


 食いしん坊さんが小さなマシルやグートにもわかるようにお話ししてくれます。

「前にナゴーンに来た時にはね、最初の港町からホーク伯爵という人のいるところまでは馬車で移動したんだよ。そして、そこでとても楽しい一夜を過ごしたんだ。美味しいごちそうや楽しい歌や踊り。ママとパパも踊ったんだよ。たくさんの人たちから大きな拍手をもらったんだ」


「しゅごーい!」


 マシルとグートが目をキラキラさせながら食いしん坊さんのお話に聞き入っています。


「それから、朝になってニクマーンを探して王都へ向かうことになった。王都ってわかる?そう、この国だとアマダ女王のいるお城のある大きな街だよ」


「にくまーん!にくまーん!」

 食いしん坊さんの言葉を聞いてマシルが興奮しています。


 今回のナゴーン行きが決まってから、マシルたちは何度もナゴーンでの話を聞きました。


 メル王女とポル王子の話。ニクマーンのキン、ギン、ドンのお話。


 特にマシルはニクマーンのお話しが大好きで、ドンちゃんがノーランドのおばあさまにお願いして『聖J・リッチマンと三匹のニクマーン』の絵本を送ってもらってからは、毎日のように読み聞かせてもらっていたのでした。


「うんうん。黒ドラちゃんとラウザーは、王都までの村や町で降りてはニクマーンのことを聞いていったんだ。そして、飛び続けて王都のお城へ着いた」


「どっかーん!」


「そう、花火を上げて歓迎してくれたんだよ、ナゴーンでは」


「最初はビックリしちゃったけどキレイだったよね。光のお花」


 黒ドラちゃんが懐かしそうに言うと、再びマシルが「どっかーん!」と叫びました。


「だから、今回も王都まで村や町を通りながら飛んでいくことになっているんだよ」


「せっかくだからナゴーンの人たちにも本当に竜が飛ぶ『竜飛記念日』を楽しんでいただこうと陽竜様が提案されました」


「そうそう!俺ってば良い提案だろっ!?」


「うん!ラウザーいいね!」

「らうざ、いい!」

「ぶっぶい~~ん♪」


 珍しくみんなから手放しで褒められて、ラウザーは嬉しいのに落ち着かなくて、尻尾をカミカミし始めちゃいました。


「あ、ダメですよ、陽竜様!今回は尻尾の先までシャキッとしていてくださいね!」


「わ、わかってるよ。大丈夫だよ、俺だってやれば出来るんだからシャキシャキっと」


 そう言いながらも尻尾は放しません。やっぱりラウザーですね。


 それを横目で見つつ、リュングが軽くため息をついてから話し始めました。



「初めに港町。そこからホーク伯爵の劇場でプチ歓迎会&一泊。翌朝、ホーク伯爵に用意して頂いた花籠に我々が乗って、陽竜様と古竜様が飛んで王都へ向かいます」


「本当にまるっきり前回と同じルートなんだね」

 黒ドラちゃんの言葉にドンちゃんや食いしん坊さんもうなずいています。


「籠はバルデーシュ側で用意するつもりだったのですが、ホーク伯爵がわざわざ手紙をくださったんですよ。ノラウサギダンスの名手にふさわしい花籠をぜひ用意させて欲しい、と」

 食いしん坊さんが嬉しそうに話して、ドンちゃんと優しく見つめ合いました。


「じゃあ今回のプチ歓迎会でもダンスを披露する機会はあるのかしら。マシルやグートにもちゃんとしたダンスを一度見せておきたいなって思ってたから、うれしい」

 ドンちゃんがにっこりと微笑んでグートの頭を撫でると、グートが耳をヘニャリとさせて大人しく聞いています。




 まだ海の上ですが、みんなの心はすでにナゴーンへと飛んでいました。



 


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