第243話-モッチと金色の宝物☆4

 モッチは、その勢いのままお城の中をぶんぶん飛んでいきます。


 いつしか、みんなのいる広間からはすっかり遠のいていました。でも、まだモッチは止まれません。

 やがて、モッチは窓からお城の庭へと飛び出していきました。お城の庭にはたくさんの妖精がいて、モッチに驚きながらも手を振ってくれたりしています。でも、今のモッチには手を振り返す余裕はありませんでした。夢中で飛んできたせいか、なんだか羽が疲れて重い感じがしてきました。飛び続けたモッチは、小さな池のそばの花壇にたどり着きました。そこにも妖精たちがいましたが、モッチの様子を見て遠巻きにしています。


 モッチは黄色いふんわりした花の上に、力なく座り込みました。




 *****





 さて、モッチがいなくなった後の広間では、技術会合が中断されて、緊急の会議が開かれていました。



「では、モッチ殿はグラシーナさんのバッチのことを聞いて飛び出した、ということですな?」

 司会は、ものつくり大臣さんからゲルードに交代していました。なにしろ、ゲルードはこのお城で一番、この会議の『議題』に詳しい、と言われているからです。

「ええ、そういうことだと思うのですが、いったいどうしてなのか」

 そう答えるグラシーナさんはうつむきがちで、すっかり気落ちした様子です。それを心配そうに見つめるアズール王子を横目で見ながら、ゲルードはため息をつきました。

「……ほぼ、原因はわかりました」

「本当ですか!?」

 グラシーナさんが驚いて顔を上げました。

「はい。しかし、原因はわかっても解決法がわかったかというと、それはまた別問題で」

 ゲルードの言葉に、グラシーナさんはがっくりと肩を落とします。

「ゲルード殿、モッチくんの協力無しでは、私が用意している結婚式用のからくりは動かせそうにないのだが」

 アズール王子はグラシーナさんを気遣いながらもゲルードに話しかけました。そして、申し訳なさそうな表情を浮かべると、スズロ王子に視線を移します。

「確かに。アズール王子から伺っていた話では、はちみつ玉が大量に必要、とのことでしたね」

 スズロ王子が確認すると、アズール王子がうなずきました。

「はちみつ玉?モッチのはちみつ玉をからくりに使うの?」

 黒ドラちゃんが驚いて声を上げると、横でドンちゃんがおずおずと切り出しました。

「あのね、黒ドラちゃん、モッチのはちみつ玉を使ったら、って薦めたの、あたしなの」

「ドンちゃん、からくりのこと知ってたの?」

「内緒にしていてごめんね、黒ドラちゃん」

「いや、ハニーは悪くない、私があまり口外しないように言っていたから……」

 食いしん坊さんが優しくドンちゃんの背中に前足を添えます。

「大丈夫、あたし気にしないよ、ドンちゃん。だってお城での予定には色々な難しい決まり事があるんだ、って梟のおじいさんが言っていたし」

「黒ドラちゃん、ありがとう。あのね、からくりには古の森の魔リスさんにがんばってもらう予定だったの」

「魔リスさんに?」

「うん」

 ドンちゃんがうなずいたところで、アズール王子が説明を変わってくれました。


 会議の場に、台に乗せられた結婚式のからくりのミニチュアが運ばれてきます。からくりの一番の仕掛け部分、マグノラの木の形をしています。


「からくりにマグノラさんの木を使うの?」

 黒ドラちゃんがたずねると、アズール王子がうなずいてくれました。


「バルデーシュでは、マグノラの木と花は、実りの象徴と聞いているからね。ぜひモチーフにとスズロ王子からもカモミラ王女からも要望があったんだよ」

「へえ!」

 そこで、ミニチュアのマグノラの木がアズール王子の手によって、パカリと縦に開かれました。

「わ!割れた!開いたよ!」

 黒ドラちゃんはびっくりして目を真ん丸にしました。

「実際のからくりはこんな風には開かないけど、これは説明用だからね、こうして開くようになっているんだ」

「そうなんだあ!、びっくりしたあ」

 黒ドラちゃんがふうっと息を吐きだすと、ブランが優しく背中を撫でてくれます。今日は王子様密度が高いので、黒ドラちゃんのそばで静かに、でもしっかり存在感をアピールしているのです。

 アズール王子が説明を続けます。

「今回の結婚式のからくりは大掛かりなものだから、今までのからくりと違って、どうしても動力が必要になったんだよ」

「どうりょく?」

「ああ、からくりを動かすための力だね。初めは魔石を使おうかって話になったのだけれど、からくりを動かすような魔法陣を考えるのは大変だってことになってね」

「ふんふん」

「どうやって動かそうかと悩んでいたら、話を聞いたミセス・シーヴォが、魔リスならばからくりの中で指示したとおりに動いてくれるのじゃないかって教えてくれたんだ」

 ミセス・シーヴォと言われて、ドンちゃんが恥ずかしそうにお耳をへにゃりとさせました。

「ドンちゃん、すごいね!ドンちゃんのアイデアでからくりが動くんだね!」

「う、うん。食いしん坊さんから、からくりの製作が進まなくて困っているって聞いてね、私の結婚式の時に働いてくれていた魔リスさんたちのこと思い出したの」

 あの時は、黒ドラちゃんも魔リスさんたちと一緒に飾り付けをがんばりました。それをきちんと覚えているなんて、やっぱりドンちゃんはすごいです。


 王子がからくりの真ん中辺りにはまった、丸い部品をくるくると回しました。

「ここに、魔リスたちに入ってもらって、この輪を回してもらう。すると様々なからくりの仕掛けが動き出す……っていう仕組みなんだ」

 輪が回ると、そこから伸びた棒やひもが、木の外側の丸い部品を動かします。その丸い部品は、実際にはマグノラの花の形で作られる、とアズール王子が説明してくれました。

「ふうん、でも、その真ん中の輪をけっこう長い時間回し続けるんだよね?魔リスさんたちに出来るかなあ?」

 確かに魔リスさんたちはちょこまか動くのは得意ですが、輪の中で長い時間走り続けるのは、なかなか大変そうに思えました。黒ドラちゃんが心配そうにつぶやくと、横からドンちゃんが元気よく答えてくれました。

「そう、だからはちみつ玉を使おうってことになったの!はちみつ玉を舐めながらだったら、魔リスさんたちもがんばれるでしょう?」

「そっかあ!確かにモッチのはちみつ玉があれば、元気いっぱいにがんばれるよね!」

 黒ドラちゃんは、うんうんとうなずいてみんなを見まわしました。

「そうなんだ、はちみつ玉のこと以外でも、お二人の結婚式のからくりではモッチくんに活躍してもらう予定があって、その話をするつもりだったのだけれど……」

 説明するときには目を輝かせていたアズール王子ですが、今は眉毛が下がってしまっています。

「私も、モッチにがんばってほしくて、サプライズゲストを連れてきていたのだけれど」

 カモミラ王女が残念そうにつぶやきながら、胸のコサージュを外しました。意味が分からなくて、黒ドラちゃんが首をかしげていると、誰も触っていないのにテーブルの上のコサージュが揺れ始めました。そして、花の中からノーランドスノーブルー蜜蜂が一匹、優雅な姿を現します。


「あ、ホペニ!」

 黒ドラちゃんのびっくりした声が、広間に響きました。

「ブブイ~ン♪」

 ホペニは会議に参加しているみんなに優雅にご挨拶をします。そして、お目当ての仲良しクマン魔蜂の姿を探しました。

「ブイン?」

 あれ、見当たらない?と不思議そうにしていると、カモミラ王女がそっと手の平に乗せてくれました。

「あのね、ホペニ、モッチは、その……ちょっと色々あって、飛び出して行っちゃったの」

「!?」

 ホペニはびっくりしました。本当は、ホペニの方がモッチを驚かすはずだったのです。花のコサージュの中から、「ブッブイ~~~ン♪」とモッチの前に飛び出すのを楽しみに待っていたのに、肝心のモッチがいないんなんて……

 ゲルードがホペニに話しかけます。

「複雑なファン心理と申しますか、おそらくモッチ殿はただいま心の整理をつけている最中でしょう」

「ブイン?」

「ええ、少し時間が経てば、きっとモッチ殿も落ち着いて戻ってきてくださるはずと思いますが」

「ブブイ~ン」

「それはありがたいですが、ホペニ殿はこの城には不慣れでは?」

「ブブイン!」

「そうですか、それでしたらぜひお願いいたします」

「あの、ゲルード、ホペニは何ですって?」

 ゲルードとホペニの間でどんどん話が進んでいる様子に、カモミラ王女が焦って聞きました。


「あのね、ホペニがモッチを探しに行ってくれるって。ゲルードが心配したけど、ホペニはモッチの魔力の跡をたどれるから大丈夫だって!」

 ゲルードが説明するよりも早く、黒ドラちゃんが我慢しきれなくて話しちゃいました。モッチのこと、早く見つけてほしかったのです。


「それでは、モッチ殿のことはホペニ殿にお任せいたしましょう。あまり大人数で騒がないほうが得策と考えます」

 城で一番のモッチ識者であるゲルードの言葉に、皆がうなずくと、すぐにホペニが広間を出ていきました。モッチと違って優雅にのんびりとした飛び方です。

「あれで追いつけるかなあ?」

 不安そうな黒ドラちゃんに、食いしん坊さんがしたり顔で答えてくれます。

「大丈夫です。ああ見えてノーランドスノーブルー蜜蜂の王子ですからな、ホペニ殿は。やる時はやりますぞ」

 その言葉に、カモミラ王女もうなずいています。ホペニも以前に比べてだいぶたくましくなったようです。

 モッチを議題にした会議はひとまず終了として、黒ドラちゃんたちはホペニを信じて待つことにしました。



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