第242話-モッチと金色の宝物☆3


「アズール王子、エステンの森に吟遊詩人さんが来たんでしょ?」

 黒ドラちゃんが興味津々でたずねると、アズール王子はにっこり微笑んでうなずいてくれました。

「そう、少し前だけど、私が子供のころから何度か来たことのある蜘蛛の精霊の吟遊詩人だったよ」

「アラクネさんていうんでしょ!?」

「そうか、そういう名前だったのかな。いつも話を聞くのに夢中で名前を聞くのを忘れていたよ」

 アズール王子が笑顔でのんびりと答えます。見た目は変わっても、おっとりとした優しい雰囲気は以前のままです。


 そこへ柔らかな声がかかりました。

「アズール王子、お久しぶりでございす」

「あ、グラシーナさん、お、お久しぶり。いや、手紙では何度もありがとう」

 さっきまでほんわかしていた王子の雰囲気が、途端に慌てたようになりました。なんだか頬も赤いような……いや、モジャってるので、なんとなくですけどね。


「ぶいん?」

 大好きなアズール王子の変化を、モッチは見逃しませんでした。すかさず飛び上がると、王子とグラシーナさんの視線の間にホバリングします。

「あ、モッチさん、ちょうど良かった、あのね……」

 突然視界に飛び込んできたモッチに驚くこともなく、グラシーナさんが嬉しそうに話しかけようとした時でした。

「あれっ?それってアズール王子お手製の金バッチ?」

 黒ドラちゃんがグラシーナさんの胸元を指さしながら言いました。

「え、あ、ええ。王子から頂いたものよ」

 グラシーナさんがちょっぴり頬を染めて答えてくれました。

「ぶ?ぶぶぶぶん?」

 モッチの羽音が不穏な感じになります。

「じゃあ、グラシーナさんは何番?」

 黒ドラちゃんがたずねると、グラシーナさんが首をかしげます。

「え?何番……て?」

「だって、そのバッチはアズール王子のファンクラブの会員バッチなんでしょ?裏に会員番号が彫ってあるんだよね?」

 ドンちゃんもグラシーナさんの胸元に輝くバッチに興味津々です。

「モッチのバッチはね、2って彫ってあったよ!」

「ぶいん!」

 黒ドラちゃんの言葉に、モッチも得意そうにバッチを掲げます。

「ファンクラブ?よくわからないけど、ええと、番号なんて、彫ってあったかしら?」

 グラシーナさんが不思議そうな顔をしながら、バッチを外して裏に返します。

「どれどれ~?」

 黒ドラちゃんとドンちゃんが頭を突き合わせてバッチの裏をのぞき込みます。

「ぶぶい~ん?」

 あ、もちろんモッチもです。グラシーナさんが何番なのか、気になりますものね。だけど、モッチは内心ちょっぴり安心していました。キーちゃんが1、モッチが2、アラクネさんが3とくれば、当然グラシーナさんは4以降ってことになるはずだからです。


「あれ、番号ないよ?」

「本当だ、丸しかないね」

 黒ドラちゃんとドンちゃんの声にグラシーナさんが再び首をかしげ、みんなと一緒にバッチをのぞきこみます。

「丸……?」


 モッチの羽音が明るく元気になりました。なにしろ、番号も入っていないんです!アズール王子がうっかり入れ忘れちゃったのかも。本当はモッチが心配するほど、アズール王子はグラシーナさんのこと気に入ってるわけじゃないのかもしれません。ちょっとだけ嬉しくって、モッチは自分の2のバッチをギュッと抱きしめました。


「いや、その、それは丸じゃないんだ!」

 突然焦った声でアズール王子が割り込んできました。

「あ、王子、失礼いたしました!」

 グラシーナさんもあわててアズール王子に謝罪します。

「王子から頂いた品物をひっくり返してのぞき込むだなんて、私ったら」

「いや、良いんだ、それは別に。っていうかそうじゃなくてっ」

 アズール王子の様子がなんだか変です。

 変に赤くなったり汗を拭いたり、落ち着きがありません。


「ひょっとして、0(ゼロ)なのでは?」

 みんなの輪の外から、食いしん坊さんの落ち着いた声が聞こえました。


「ゼロ?」

 黒ドラちゃんやドンちゃんがコテンと首をかしげます。モッチも黒ドラちゃんの頭の上でコテンとしてます。

「ゼロってなあに?」

 黒ドラちゃんがたずねると、食いしん坊さんが進み出てきて教えてくれました。

「何もないって意味の数字ですよ」

「ふうん」

 黒ドラちゃんたちにはよくわかりません。

「ぶぶい~ん」

 モッチにもよくわからないけど、何もないなんて、やっぱり忘れたの?と思いました。

「全ての初まり、とも考えられるし、あとはまあ、他にもちょっと変わった読み方はありますけどね」

 食いしん坊さんがアズール王子を見つめて、いたずらっぽく微笑みながら片眼鏡をキラリと光らせました。食いしん坊さんの言葉を聞いて、アズール王子がますますおかしな感じになりました。視線が落ち着きなく金バッチとグラシーナさんの顔を行ったり来たりしています。何か言いたそうで言えないようで、口元がモゴモゴしています。


「他の読み方?それってなんて読むの?」

 ドンちゃんが食いしんぼうさんにたずねました。食いしん坊さんは、ドンちゃんを優しく見つめて教えてくれました。

「ラブ、だよ、マイハニー」

 食いしん坊さんの答えに、ドンちゃんが嬉しそうにはにかんでうつむきます。

「想いが通じて一つにまとまるっていうことで、0を愛の言葉に代える国もあるそうだ」

 食いしん坊さんが優しくドンちゃんにささやきます。ドンちゃんが顔を上げると、食いしん坊さんの瞳に〇が見えました。あたりに甘々な雰囲気が広がります。


「え、じゃあ、これってアズール王子がグラシーナさんのこと……」

 黒ドラちゃんの言葉にアズール王子とグラシーナさんの頬がみるみる赤く染まりました。と、うつむきあう二人の耳に、重低音の羽音が響きます。


「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」

 あ、モッチです。なにやら2のバッチを握りしめて羽を震わせています。その音に、グラシーナさんがハッと我に返りました。0の金バッチを握りしめたまま、モッチに声をかけます。

「そうだわ!モッチさん、わたし……」

「ぶいん!!」

 グラシーナさんの声を振り切って、モッチが大きく飛び上がりました。

「あ、モッチどうしたの!?」

 突然部屋中をすごい勢いで飛び回り始めたモッチに、黒ドラちゃんも驚いて声をかけました。でも、ぶいんぶいん飛び回るモッチには聞こえていないみたいです。このままじゃ、そのうち広間から飛び出しちゃいそうです。


「モッチくん、ちょっと、落ち着いて!」

 アズール王子も呼びかけます。モッチは一瞬スピードを落としましたが、王子の横でグラシーナさんが心配そうにこちらを見ている姿に気づくと、再び一気にスピードを上げました。


「モッチさん、モッチさん、待って!待っ……」

 広間を飛び出す瞬間、グラシーナさんの悲しげな声が聞こえた気がしましたが、もう、モッチは止まることができませんでした。


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