11章-了 雨上がりの空に
「えっと、それじゃあ、俺たちは南の砦に帰るよ」
ラウザーが遠慮がちに声をかけてきました。背中にはラキ様とリュングを乗せています。ブランのことしか目に入らなくなっていた黒ドラちゃんはハッとしました。
「あ、ラキ様、リュング、ラウザー、本当にありがとう!」
「いいえ、古竜様の強いお心が無かったら、呪いの中で途方に暮れてあきらめて居たかもしれません。ありがとうございます」
リュングがラウザーの背中からこたえてくれます。
「銅鑼子、立派な先触れであったぞ」
ラキ様からも、お褒めの言葉をいただきました。
「あのさ、今度こそ本当に南の砦に遊びに来てくれよな?俺が案内するからさ!」
尻尾を大きく振ってラウザーが言います。黒ドラちゃんがうなずくと、ラウザーが飛び上がりました。
「さあて、ラキ様~、夜間飛行だよー♪」
ラウザーったら、すっかり大はしゃぎです。リュングも、今回ばかりはラウザーの活躍に免じて目をつぶっているようです。ラウザーが二人を乗せて大きく羽ばたきました。
ぐんぐんと遠ざかる影を見送っていると、時々ピカッ!ピカッ!と光っています。
ラキ様が稲光をラウザーに落としているのでしょう。
「ピギャ!」とか「ピャッ!」とか楽しげなラウザーの声も、そのうちに聞こえなくなりました。
「古竜様、魔馬車をご用意しております」
ゲルードが声をかけてくれました。そう言えば、黒ドラちゃんたちはここまで魔馬車で来たんでしたっけ。ラウザーはけっこうな距離を飛んで帰ることになるはずです。
「ラウザーたちは魔馬車に乗らなくて良かったのかな?」
「陽竜殿には断られました。ラキ様を乗せて飛びたいから、と」
「そっか、それなら大丈夫だね。じゃあ、あたしたちは魔馬車に乗せてもらおうかな」
籠の中ではドンちゃんと食いしん坊さんが、花冠の中ではモッチが眠そうです。黒ドラちゃんもなんだか眠たくなってきました。
「黒ちゃん、魔馬車の中でおやすみよ。大丈夫、森に着いたら僕が送り届けるから」
ブランの言葉にあくびで返しながら、黒ドラちゃんが「ふんみゅっ!」と掛け声をかけて変身しました。ブランと一緒に魔馬車に乗り込みます。食いしん坊さんとドンちゃんも一緒です。
走り出すと、すぐにガタンッと大きく揺れて、古の森のすぐそばについていました。
魔馬車が森の外れに止まります。ウトウトしていた黒ドラちゃんはパッと目を覚ましました。
「寝てても大丈夫だったんだよ?」
黒ドラちゃんを抱き上げようとしていたブランが、ちょっと残念そうにつぶやきました。でも、黒ドラちゃんは元気に自分の足で馬車から降りました。
「古竜様、輝竜殿、今回は本当にありがとうございました」
送り届けた巣の前で、食いしん坊さんが深々と礼をします。
「ううん、こっちこそ、食いしん坊さんが一緒に来てくれてすごく心強かった。それにおばあ様の話をしなかったら、ルカ王は心を開いてはくれなかったかも」
本当に、今回は食いしん坊さんたちがノラウサギの話をしてくれなかったら、とてもルカ王の呪いは解けなかった気がします。
「いえ、わたくしたちのような思いをする生き物が少しでも減れば、それが我々の救いとなります」
食いしん坊さんとドンちゃんは、見つめ合うと微笑んでうなずきました。
「黒ドラちゃん、また明日ね!」
ドンちゃんは、食いしん坊さんと仲良く前足をつなぐと、お母さんの待つ巣穴へと姿を消しました。
ブランも、黒ドラちゃんを洞に送り届けて「今日はとても疲れているだろうから、早くおやすみ」と優しく声をかけると、北の山へ帰っていきました。森の木々の向こうへ消えていくブランを見送ってから、黒ドラちゃんは静かな洞に入りました。
お気に入りのふかふか落ち葉のお布団の上で、丸くなって目を閉じます。色々あったけれど、無事に帰って来られて良かったなあ、と改めてホッとしました。そうして、やはりとても疲れていたのでしょう。黒ドラちゃんは、すぐに静かな寝息をたて始めました。
大きなハスの葉が浮かぶ池のほとりで、王様がのんびりとお茶を楽しんでいます。シワの刻まれた顔に、薄く幕の張ったような瞳。カップを持つ手もシワシワでちょっぴり震えています。丸くなった背中をゆったりとした上着で包んで、池を眺めて目を細めます。王様はゆっくりとカップをテーブルに置くと「ケロロ~ン♪」と優しく鳴き声を上げました。それに応えるように、池の中から小さなケロールたちがはしゃぐ声と水音がにぎやかに響いてきます。
空に浮かぶ小さな雲の影がテーブルの上を流れていきます。王様の肩から虹色の光が、さっとテーブルに降りていきました。金色の目をした茶砂トカゲの赤ちゃんです。テーブルの上で雲の影を追いかけて、嬉しそうに「ク~ッ」と声を上げると、再び王様の肩に登っていきました。
空の雲も、川の水もゆっくりと流れています。
優しい風が吹き、草原の葉を揺らしていきます。
流れてきた雲が太陽を隠すと、暖かい雨が辺りに降り注ぎました。
やがて雨が雲と共に去ると、池の上には大きな虹がかかっていました。
「ぶっぶいん、ぶい~ん!」
翌朝、黒ドラちゃんはモッチのぶんぶん攻撃で目を覚ましました。そういえば、ゆうべはモッチの入った花冠をつけたままで寝ちゃったのです。
「ふわあ~、おはようモッチ。どうしたの?」
「ぶぶぶいん!ぶん」
モッチは、見慣れないはちみつ玉を抱えています。
「それって、ひょっとして蓮の花の?でも、不思議な色だね?」
「ぶふいん、ぶいん!」
今朝になったら虹色に輝いていた!とモッチも驚いています。
「きっと、カエル妖精さんがモッチにお礼をしてくれたんじゃない?」
「ぶいん?」
「うん、きっとそうだよ」
「ぶふん♪」
モッチは嬉しそうに虹色のはちみつ玉を抱えると、仲間の待つ森の奥に消えていきました。黒ドラちゃんも洞の外に出てみました。大きく息を吸い込んで、伸びをします。なんだか森の中の空気がしっとりしているような気がしました。
どこかで、暖かな雨が降ったのかもしれません。
嬉しそうに空を見上げる黒ドラちゃんの瞳は、ひときわ明るい若葉色に輝いていました。
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