第205話-新しい約束

「いえ、それはフカフカ谷で“採れる”のです」

「採れるの?」

「はい」

 ダンゴローさんが「これは栗と言う木の根元にだけ生える柔らかいコケをクルクル丸めて採っただけ」と教えてくれました。

「コケ?こんなに美味しい物が地面に生えているの?」

 黒ドラちゃんはビックリです。

「はい。実はその栗コケのロールケーキもクロ様が発見されたのです」

「えっ!そうなの!?」

「はい。クロ様がフカフカ谷へいらっしゃった時に、すごく甘い匂いがする、とおっしゃって」

「へ~!それで発見したんだ」

「ええ、それまでは我々はその栗コケが食べられるものだとは思っておりませんでした」

「そうなの?こんなに甘い匂いさせているのに気付かなかったの!?」

「はい。甘い匂いと言うのも、クロ様に言われるまでわかりませんでした」

「えー?そうなの?」

 ダンゴロムシさんにとってのご馳走は落ち葉です。それに、生まれた時から栗コケの香りに馴染み過ぎて、もはや感じられなくなっていたのです。


「クロ様は、たくさんの発見と喜びをフカフカ谷にもたらして下さいました」

 ダンザエモンさんがしみじみとつぶやきました。前の生のことは覚えていないけど、黒ドラちゃんもフカフカ谷とダンゴロムシさんが大好きになりました。クロ様がかつてそうしたように、自分もダンゴロムシさんたちに何かをプレゼントしたい。そう考えた時に、ダンゴローさんが何か言いたそうにもじもじしているのが目に入りました。黒ドラちゃんは自分がここへやってきた理由を思い出しました。


「そうだ、金の落ち葉!金の落ち葉が無くなっちゃったんでしょう?」


 黒ドラちゃんの言葉に、ダンゴローさんはもちろんのことダンザエモンさんもパッと背中を伸ばしました。

「今度はあたしが“約束”するよ!」

 ダンザエモンさんとダンゴローさんの目が期待で輝きます。臆病で遠慮がちなダンゴロムシさんたち、それでも願いは隠しきれません。


「フカフカ谷を金の落ち葉でいっぱいに、ダンゴロムシさんたちが金のスコップを手に入れられるように!」


 黒ドラちゃんは想像します。


 ――フカフカ谷を覆い尽くす一面の落ち葉

 それがゆっくりと金色に染まっていきます


 まるで紅葉するように

 一枚一枚に魔力が込められて色を変えていきます


 やがて、フカフカ谷は金の落ち葉で覆い尽くされました

 やさしい黄金色が谷を静かに輝かせます

 小さなダンゴロムシさん達が、金のスコップを手にして喜んでいます


 良かったね――


 黒ドラちゃんがニッコリとした時、外から歓声が聞こえてきました。黒ドラちゃん、モッチ、ダンザエモンさんとダンゴローさんが落ち葉の下のお家から出てみます。そこには、一面の黄金色の落ち葉の上で、嬉しそうに手を取り合ってはしゃぐダンゴロムシさんたちの姿がありました。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 ダンゴローさんが黒ドラちゃんの手を握りしめてお礼を言ってくれました。ダンザエモンさんも涙ぐみながら背中を丸めて頭を下げます。

「ああ、再びこの景色が見られるとは……」

 丸まった背中をモッチが撫でています。と、どこからか、すっかり見慣れた白い布を出してダンザエモンさんの背中を磨き始めました。


「ぶぶいん!」

 モッチが磨いていると、ダンザエモンさんの背中がピカピカと輝き出します。

「あ、長の殻に艶が!!」

 ダンゴローさんが驚いています。ダンゴロムシさんは、年を取ると殻が艶を失い色が抜けてしまいます。やがて硬くなって動かなくなり生を終えるのです。ダンザエモンさんが背中を磨くモッチに頭を下げます。

「しばらく穴の外に出ていたはずなのに、ダンゴローの殻が乾いていないので不思議に思っていたのです」

「ぶいん?」

「ええ、もしモッチ様に磨いていただいていなければ、おそらくダンゴローの殻はすっかり乾いていたでしょう」

「ぶいん!」

 モッチがえへん!というように白い布をかざしました。ササっと慣れた手つきでダンザエモンさんの背中を磨きあげます。


「これは……蜜、ですかな?」

 ダンザエモンさんに言われて、黒ドラちゃんも初めて気付きました。モッチは少しずつはちみつを加えながら背中を磨いていたのです。そのおかげでダンゴローさんの殻は乾燥せずに艶々とした輝きを保っていたのです。


「すごいねぇ、モッチ!」

 黒ドラちゃんが感心すると、モッチはその場で華麗にターンして見せました。

「ぶぶいん♪」

 見れば、白い布はどこかに消えて、モッチの手には、小さなはちみつ玉がありました。それをダンザエモンさんに渡します。


「ぶぶん、ぶいいん、ぶん」

「これで、背中を磨け、と?」

「ぶいん!」

「良かったね、ダンザエモンさん、モッチははちみつ玉作りの天才なんだよ!」

「ぶぶい~~ん」

 いやあ、それほどでも~、とモッチが照れています。

「モッチのはちみつ玉を使えば、ダンザエモンさん若返っちゃうかもよ!?」

 黒ドラちゃんが冗談交じりに言うと、ダンゴローさんが真面目な顔で言ってきました。

「そうです!そうです、ダンザエモン様、まだまだお元気で谷を見守ってください!」

 ダンザエモンさんは、手の中のはちみつ玉を見つめ、それから黄金色に染まる谷を見つめ、深く息を吸い込みました。


「そうだな……せっかく谷が黄金色になったのだから、私もまだまだがんばらねばな」

 ダンザエモンさんは、背中を丸めてモッチにお礼を言いました。モッチは嬉しそうにダンザエモンさんの輝く背中を見つめました。




 フカフカ谷は、再び黄金色に染まりました。クロ様とダンザエモンさんの約束は、黒ドラちゃんによって果たされました。そして、今度は黒ドラちゃんが約束をしました。


 もしもこの先、フカフカ谷の金の落ち葉が無くなる時が来たら、きっとまた訪れて、谷を黄金色に染めてあげるねって。

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