第176話-テルーコさんのお店へ

 あっという間に、テルーコさんの店に向かう日がやってきました。

 黒ドラちゃんは、一番お気に入りの全身茶色のドンちゃんスタイルです。

 ドンちゃんは灰色の煙水晶で出来たクローバーのペンダントだけ着けています。

 モッチはまたまた特大のフジュのはちみつ玉を作って抱えています。

 ブランもいつものように白いローブを身につけています。

 みんなが森の外れまで出ていくと、もう魔馬車が待っていました。魔馬車のそばには鎧の兵士さんしかいません。ゲルードは先にテルーコさんの店で待っているとのことでした。


 全員が乗り込むと、魔馬車が走りだします。すぐにガタンッと揺れたと思ったら、外には王都の街並みが見えてきていました。大きな門をくぐって、王都の中を進みます。

 いつかラキ様達と来た、テルーコさんのお店が見えてきました。

「いよいよ王子様だね、ドキドキするね?ドンちゃん」

「うん、ドキドキするね?黒ドラちゃん」

「ぶぶいん!」


「……」


 ブランだけはちょっと不機嫌そうに黙っています。と、黒ドラちゃんがブランの手をギュッと握りました。

「えっ!?」

「ブラン、ドキドキしちゃうから、手、繋いでいよう?」

「うん。そうだね、ドキドキだね」

 ブランがちょっと嬉しそうに答えたところで、魔馬車がテルーコさんの店につきました。


 黒ドラちゃん達がお店に入ると、グラシーナさんが出迎えてくれました。いつものような作業着を兼ねたローブでは無くて、ゆったりとした綺麗なシルエットのワンピースです。

「わあ!グラシーナさん、キレイ!なんだか別人みたい!」

 黒ドラちゃんとドンちゃんがグラシーナさんの周りをグルグルと回ります。その上でモッチが「ぶぶん!ぶぶん!」と何やら不穏な羽音を立てていました。


 奥から、テルーコさんが出てきました。テルーコさんも、今日は高級感のある黒地に金糸の刺繍の入ったローブを身につけています。やはり、アズロが王子とわかっていて出迎える以上、失礼にあたらないように二人ともいつもより服に気を配ったようです。


「古竜様、輝竜様、ご足労おかけして申し訳ございません」

 テルーコさんが頭を下げると、ブランが首を振りました。

「いや、こちらこそ、グラシーナを巻き込んだうえに店まで使わせてもらって、申し訳ない」

 すると、グラシーナさんが優しく微笑みながらブランに答えます。

「いえ、このところ評判だったコポル工房のアズロさんには、私も師匠もお会いしたいと思っていたのです。機会に恵まれたと感謝しております」

「ええ、その通りです。コポル工房は“アズロ”が入ってからずいぶん評判をあげましたから」

 テルーコさんもグラシーナさんの言葉にうなずいています。




「まもなく、アズール王子がコポル工房の主人と一緒にやってきます」

 ゲルードが話し始めました。


「今日は、コポルにもアズロが本当はエステンのアズール王子だということは話すつもりです」

 みんながうなずきます。


「王子も、ご自分の身分がバルデーシュ側に知られてしまっている以上、もう隠し続けようとは思わないでしょう」

「あの……王子が国を抜けられた理由を、ゲルード様はご存じなのでしょうか?」

 グラシーナさんがたずねました。

「いえ、そこはまだ。ですが、本日は何かしらお話をしていただけるのではないかと期待しております」

「また逃げ出しちゃったりしないかな?」

 黒ドラちゃんが心配そうに言いました。

「それは大丈夫でしょう」

 ゲルードが落ち着いて答えました。

「あのエステンコーモリが自分を追って国を出てきてしまっていたと知って、王子はずいぶん反省されたようです」

「キーちゃん、追いかけてきたかいがあったね」

 ドンちゃんが嬉しそうにつぶやきました。


「とにかく、王子が何かしら思いつめて国を出たことは間違いないと思います。問い詰めたりすることなく、今日は出来るだけ聞き役に徹しましょう」

 ゲルードの言葉にみんなが大きくうなずきました。


 みんなが心の準備を終えた頃、お店の扉が開かれました。コポル工房のコポルさんとおかみさん、そしてアズール王子の到着です。

 コポルさんは、テルーコさんのことを兄弟子と慕っているらしく、今回の協力の話を本当に喜んでいるようです。それに、アズロの体調が良くなったのはグラシーナさんが貸してくれたブローチのおかげだと信じています。借りたブローチを返すと、二人に何度も何度もお礼を言っていました。アズロの快気祝いにと、コポル工房で作った薄くて柔らかな布を持ってきてくれています。

「テルーコさんのお眼鏡にかなうかわかりませんが、商品を飾る時にでも使っていただければと」

 一見、何の変哲も無さそうですが、薄い布はほのかに光沢があり、かなり上質なものでした。

「ありがとう。グラシーナがブローチを貸しただけなのに、こんな素晴らしいものを。かえって申し訳ないな」

 テルーコさんがそう言って布を受け取ると、コポルさんはすごく嬉しそうでした。お礼を伝え終えると満足そうにうなずきながらアズロ達を促して帰ろうとします。すぐにテルーコさんが、久しぶりに会ったのだからと引き留めました。何も知らないコポルさんは「長居したら仕事の邪魔をしちまいますよ」と恐縮していましたが、ここで帰られてはみんなが困ります。

「せっかく来たのだから、少し話していかないか?」とテルーコさんが奥の部屋へと三人を招き入れました。


 部屋ではゲルードやブラン、黒ドラちゃんが待ち構えていました。


「あの、今日は皆さまでお集まりが?では私どもは、やはりお邪魔じゃないですかね?」

 コポルさんが遠慮がちにたずねると、テルーコさんは首を横にふりました。

「コポル、騙すようですまない。実は今日はアズロに用事があって皆さんが集まっているんだ」

 テルーコさんの言葉に、コポルさんは戸惑いを隠せません。

「えっ?アズロに、ですか?」

 何が何だかわからないという表情で、コポルさんとおかみさんが顔を見合わせます。


「コポル師匠、おかみさん、申し訳ありません」


 その声は後ろから聞こえました。

 コポルさんが驚いて振り向くと、アズロが深く頭を下げていました。

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