第173話-コポル工房へ
グラシーナさんを乗せた馬車がコポル工房の前に止まりました。同じ王都にある工房でも、格としてはテルーコさんのお店の方がずっと上になります。お店の前にはコポルさんを始めお弟子さんたちも総出でグラシーナさんを迎えに出ていました。
「まあ、皆さんお揃いで迎えて頂いて恐縮です。お手を止めさせてしまって申しわけありません」
職人らしく気を利かせてグラシーナさんが詫びると、すぐにコポルさんが手を振りながら答えてくれました。
「いやいや、みんなグラシーナさんをお迎えしたいって言うもんですから。ささ、お入りください」
「ありがとうございます。失礼いたします」
グラシーナさんは工房の中に入って興味深そうに辺りを見回します。同じモノ作りといっても、コポル工房では織物が主、テルーコさんやグラシーナさんは彫金や石の細工が主です。扱う材料も工具も全く違います。珍しくてついつい見入ってしまいました。
「あの、それで今日はどのようなご用件で?」
客を迎えるための一室で、向かいに座ったコポルさんがたずねてきます。
「あ、実は師匠のテルーコから手紙を預かってまいりました」
これはもちろん予定通りです。
テルーコさんの手紙を見せると、コポルさんは一通り目を通してから嬉しそうに言いました。
「工房同士の得意分野で力を合わせて、新しいアクセサリー作りをするのですね?」
「ええ。王宮からそういうご要望をいただきまして、師匠がぜひコポル様と組みたいと」
「ありがたい!うちは先日の夏祭りで初めて優勝者が出たような小さな工房だもんで、テルーコさんのところと組ませていただけるなんて光栄です!」
「では、受けていただけるということでよろしいでしょうか?」
「ええ、ええ、もちろんです!」
コポルさんは心底うれしそうな笑顔で答えました。
「えっと、ではこれで……」
グラシーナさんは帰るようなしぐさを見せました。けれど、本当はここからが正念場です。内心でさりげなくアズロのことを切り出すチャンスをうかがっていると、コポルさんが引きとめてきました。
「あ、テルーコさんにこちらも返事を書きますので、少しの間待っていただいてよろしいですか?」
「ええ、お手間を取らせて申し訳ありませんが、お返事が頂ければ嬉しいです」
「じゃあ、よろしければその間に工房の中をうちのに案内させますよ」
「まあ、ありがとうございます!」
コポル工房のおかみさんが緊張しながらグラシーナさんを案内します。小さな工房ですが、様々な機械が置いてあり、音が大きくてなかなかにぎやかです。
「ずいぶんと色々な機械があるのですね?」
「ええ。織物は基本的にほとんどの工程を機械でこなします」
「これだけあると手入れも大変でしょう?」
「そうですね、でも、アズロが来てくれてからはだいぶ助かってますよ」
「アズロさん?ああ、最近こちらに来られたという職人さんですか?」
「ええ」
「まあ!これだけの機械の手入れを出来るなんてすごいですね!」
「ええ、そうなんですが……」
「どの方がアズロさんなんでしょう?出来ればご挨拶したいわ」
「……あの、実はアズロは今体調を崩していて、二階で寝込んでいるのです」
「あら、それは大変ですね」
内心グッとこぶしを握りつつ、グラシーナさんは心配そうに相槌を打ちました。
「ええ、ここんとこちょっと根を詰めすぎたようで」
「そうですか……。あ、そうだわ!もしよろしければ、ちょっとだけお目にかかることは出来ませんか?」
「え、アズロにですか?」
「ええ。実は、私のつけているブローチは輝竜様から頂いた魔石クズのビーズを使っていて、弱いものですが癒しの効果があるのです」
「まあ!本当ですか!?さすがはテルーコさんとこのお弟子さんだわ!」
おかみさんはすっかり信じてしまったようです。
「ええ。ただ、私以外が使うことのないようにと輝竜様が」
「そうなんですか……」
「なので、私が直接アズロさんにブローチをつけてみようと思うんです!」
「なるほど……でも、それで効果があるでしょうか?」
おかみさんは半信半疑、不安そうです。
「とにかく、一度試してみませんか?効果が無ければ返していただけば良いだけのこと」
「よろしいんですか?そんな高価そうなブローチを使わせていただいて」
「腕の良い職人さんこそバルデーシュの宝、ですよね?」
「ええ、ええ!まあ、ありがとうございます。じゃあ、ちょっとだけお待ちください」
おかみさんがいそいそと二階のアズロの部屋へ向かうと、グラシーナさんはホッと息を吐きました。
ゲルードがある程度作戦を決めてくれていましたが、こんなことをするのは初めてです。
うまく行くかどうか、内心ドキドキしっぱなしでした。でも、なんとかアズール王子には会えそうです。グラシーナさんの胸は違う意味でドキドキし始めていました。
グラシーナさんの胸元で、キーちゃんもドキドキしています。さっき、癒しの効果があるってグラシーナさんが言った時に、コポル工房のおかみさんが感心しながらじっと見つめてきたのです。思わず「キ」と声を上げそうになり、必死で我慢しました。どうやらおかみさんはキーちゃんが本物のコーモリだとは気付かなかったようです。ドキドキしている一人と一匹の頭上で、モッチはいつの間にか眠り始めていました。
「ぶぶ~……ぶぶい~ん」
寝言ならぬ寝羽音を立て始めています。
でも、周りの賑やかな音に紛れて、ドキドキしてる一人と一匹は気付きません。
そうしているうちに、おかみさんが戻ってきて、アズロの部屋へと案内してくれました。
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