第159話-ラウザーってば

 黒ドラちゃん達は、行きとは逆に船を目指して飛んでいました。


 黒ドラちゃんの背中にある魔石のおかげで、船の場所はなんとなくわかりました。来た時と同じように、海の底が光ってる場所に船は留まっていました。人間の姿で甲板に立つと、ラウザーはまだ港町でのお別れを引きずっているようで元気がありませんでした。

「では、帰ります!」

 気持ちを奮い立たせるように大きな声を出すと、リュングが舵を握ります。


「あいつ、俺が拾ったんだ」

 ふいにラウザーが言いました。

「あいつ?」

 リュングが呪文を唱えるのも忘れて聞き返しました。

「あいつって?」

 黒ドラちゃんも聞き返します。


「じーさんだよ。拾った時は赤ん坊だったけど」


「ええーーーーっ!?」

 みんなが驚いて一斉に叫びました。


「ええ!?だって、おじいちゃんだよ?ラウザーよりずっと……」

 そこまで言って黒ドラちゃんは気が付きました。ラウザーは人間での見た目は若者ですが、本当は120年ほど生きています。あのおじいちゃんが人間で言うところの長生き、80歳とか過ぎていても、ラウザーの方がずっと年上なのです。


「俺がナゴーンの浜辺で拾って、あの網元の家の前に置いたんだ」


 みんなビックリして声も出ませんでした。

「でかくなったなぁと思ったら、いつの間にか結婚して子供が増えて、その子どもの子どもが増えて、あいつはじーさんになってて……」

 ラウザーがしんみり言います。だからあんなに親しげで、だからあんなに別れを惜しんでいたのでしょう。


「次はいつになるか、俺、あいつに答えられなかった…」

 ラウザーの尻尾がしょんぼりと垂れ下がりました。


「また必ず来ましょう!」

 リュングがさっきのように大きな声で言いました。

「必ず、近いうちに来ましょう!」

 きっぱりと言い切りました。


「そのためにも、今は帰りましょう!」

 そういうと呪文を唱え始めました。ゆっくりと舵を回します。

 舵が一回転すると、来た時と同じように一瞬だけゆらりと船が揺れ、バルデーシュの南の港についていました。


 バルデーシュに戻ったことが分かると、ラウザーも元気になってきました。ラキ様のことを考えてウキウキしているのが良くわかります。船から降りると、港の人々が集まってきました。すぐに南の砦のコレドさんや他の兵士さんを呼びに行ってくれます。


 間もなくブランが飛んできました。魔石の力で、誰よりも早く黒ドラちゃん達の帰国を察したようです。背中にはゲルードを乗せています。


「お帰り!黒ちゃん!」

 降りてすぐに人間の姿になったブランが、黒ドラちゃんを抱っこしてくるくる回ってくれました。よほど嬉しかったのでしょう。

「ブラン!ブラン!ただいま!」

 黒ドラちゃんも嬉しくて、また尻尾が出てきてしまいました。どうもラウザーと一緒にいたせいか、尻尾の出現率が上がっています。


「大丈夫だったかい?あの、ラマディーって子は無事に劇場へ帰れたのかい?」

「うん!、あのね、すごいことがいっぱい起こったの!」

「そう、とにかく無事で良かった。詳しい話は古の森に戻ってからにしよう?」

「うん!!……あれ?砦には寄らないの?」

 黒ドラちゃんが不思議に思ってたずねると、ブランはラウザーの方を見ながらささやきました。

「カミナリ様のお怒りは、全面的にアイツに鎮めてもらおう」

「えっ!ラキ様怒ってるの!?」

「怒ってるというか……すねてるのかな?」

「すねてる……」

「ああ、出かけた時の三倍くらいすねてる」

「……」


 ラキ様に会えるとウキウキのラウザーを横目で見ながら、黒ドラちゃんたちはブランとゲルードと一緒にまっすぐ古の森へ帰ることになりました。馬車に乗り込む黒ドラちゃん達を見て、ラウザーがあわててやってきます。


「おーい!待てよ!ちょっと待てってば!黒ちゃん、ドンちゃーん!」


 ラキ様の怒りを鎮めるためにドンちゃんを利用するつもりでしょうか?食いしん坊さんがサッとドンちゃんを後ろに隠します。


 ラウザーは馬車のところまでやってくると、あの真珠を入れた箱を出してきました。

「これ、ドンちゃんに。新婚旅行の思い出の品にしてくれよ」

 そう言って、あの時後から箱に入れてもらった真珠を2個、食いしん坊さんに渡してきました。

「それと、これはマグノラ姉さんに渡してくれないか、黒ちゃん」

 同じく真珠を1個、黒ドラちゃんに渡してきます。

「陽竜殿……」

「ラウザー……」

 食いしん坊さんも黒ドラちゃんも、まさかラウザーがみんなの分のお土産を考えてくれているなんて、思いもしませんでした。今だって、すねたラキ様の相手はラウザーに任せて、みんなで帰っちゃおうとしていたんです。


「今回はありがとな。俺のわがままに付き合わせちまったけど、魚料理旨かったろ?」

 お人好しのラウザーは、そんな周りの思惑なんて全く思いつかないようです。

「あ、ありがとう、ラウザー」

「陽竜殿、とてもとても楽しい旅でした」

 黒ドラちゃんも食いしん坊さんも、申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが複雑に混ざり合って、それ以上の言葉が出ませんでした。走り出す馬車を見送って、ラウザーが手と一緒に尻尾を振っているのが見えました。やがて、その姿が見えなくなると、黒ドラちゃんはブランとゲルードに向き直りました、


「あのね、とってもとっても大切なお願いがあるの!どうしても叶えたいお願いがあるの!」

 そばで聞いていた食いしん坊さんとドンちゃんも顔を見合わせるとうなずきました。

「私どもからも、お願いです、ゲルード殿」

 ブランとゲルードも顔を見合わせました。

「いったい、何を叶えたいんだい?黒ちゃん」

 ブランの問いかけに黒ドラちゃんが答えます。

「ラウザーが、前みたいにナゴーンへ自由に行き来できるようにしてあげて欲しいの!」

「もしくは、ナゴーンとの定期便を開設してもらえませんか?」


 ブランとゲルードは驚いて一瞬黙りました。けれど、ゲルードはすぐにこの国の中央に属する者として頭を切り替えたようです。ニッコリほほ笑むと口を開きました。


「詳しくお聞きしましょう、古竜様、グィン・シーヴォ殿」

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