第152話-見せてあげたい

 宴の間は静まり返っていました。女王は驚きのあまり王女のことを見つめたまま、茫然としています。


 沈黙を破って、ホーク伯爵が遠慮がちに言いました。

「メル王女様が撫でにいらした、というのは警備の者達からも聞いてはおりました。しかし……」

(一国の王女が盗みを働くなど、考えられません)ホーク伯爵も、そこまでは口に出来ませんでした。


「と、とにかく、本当にポルがニクマーン像を持っているのか、それを確かめなければ」

 女王はポル王子の部屋に兵士たちを遣わせました。まもなく、兵士たちが戻ってきました。手には箱を持っています。女王が箱を受け取り蓋を開けると、中にはふかふかの布が敷き詰められ、金・銀・銅のニクマーン像が大切そうにしまわれていました。


 ホーク伯爵が三つの像を確かめます。


「間違いなく、私が作らせたニクマーン像です」


 その言葉を聞いて、女王は再び王女に向き直りました。


「――どうして?なぜなの?」

 やっとのことで言葉を絞り出し、女王がメル王女にたずねます。


「ニクマーンがついてきたの」


「はっ!?」


 王女の言葉に、女王が自分の聞き違いかと聞き返します。


「ニクマーン像がくっついてきたの」


 王女は再び繰り返しました。

 その場にいた誰もが、ポカンとしました。王女の言っていることが全く理解できなかったのです。




 あの日のパーティーに、王女は忙しいアマダ女王の名代として参加していました。大人の中にポツンと一人。正直言って退屈でしたが、王女は決してそんな気持ちを表には出しませんでした。けれど、内心は一つのことだけを楽しみに待っていたのです。ホーク伯爵ご自慢の、ニクマーン像が披露されるのを。



 まだ父王が健在だった頃に、王女は母である王妃から一冊の絵本をもらいました。それは白い雪原をゆく冒険者風の男の人と三匹の丸っこい生き物、ニクマーンの冒険を描いた「聖J・リッチマンと三匹のニクマーン」の絵本でした。

 雪なんて見たこともない王女は、その絵本に描かれた色味の少なめな雪景色が大好きでした。眺めていると、まるで自分の周りも雪で白くなっていくように感じられました。ニクマーンも可愛らしくて、その絵本は王女のお気に入りの一冊になりました。何度も何度もねだっては、王妃に読んでもらったものです。


 しかし、王が逝去し何もかもが変わってしまいました。


 それまで側にいてくれた王妃は、女王として国を治めるために忙しい日々を送るようになりました。当然、メル王女やポル王子のことも侍女や乳母に任せきりになりました。淋しがって度々泣く王子の傍で、王女は王子を慰めながら懸命に自分の感情を抑えていました。


 自分がかつてそうしてもらったように、王子に絵本を読んであげたりもしました。

 そして、聖J・リッチマンと三匹のニクマーンの絵本は、王子にとってもお気に入りの一冊になりました。毎日「にくまーんしゅき!!にくまーん!だいしゅき!ぼく、にくまーんにあいたいなあ」と言うようになっていたのです。




 あのパーティーの時、王女はいつものように絶えず微笑んで王族としての役目を果たしていました。けれど、ニクマーン像が披露されるのをみて、一瞬その仮面が剥がれてしまったのです。思わずニクマーン像のところまで行き、そっと撫でました。城で待っているポルに見せてあげたい。あの子ならばきっと大喜びしてニクマーンを可愛がったろう、そう思いながら。

 でも、それは叶わぬ願いでした。王女は一度だけニクマーンを撫でると、警備の者たちに静かに微笑みかけ、その場を後にしました。もちろん、ニクマーン像はその場に残したまま。


「それはわたくしも見ておりました」

 貴族の一人が言いました。

「わたくしも」

「私もその場で見ておりました」

 何人もの貴族が王女がニクマーンを撫でるのを見ていました。


「じゃあ、やはりあなたが?」

 女王が震える声で王女に問いかけます。けれど、王女はキッパリと答えました。

「でも、私は盗んではおりません。ニクマーンがくっついてきたんです。本当です!」



 王女はあの日、パーティーからは早めに引き揚げてきました。名代と言っても形ばかり、まだ王女は子どもです。夜になる前に城に引き揚げたのです。

 城に着き、部屋に戻り着替えようとした時、部屋の外が何か騒がしくなり侍女たちが一瞬だけ部屋を出ていきました。王女は一人になったとたんに、急にドレスを重く感じました。疲れているのかしら?今日は軽めに作られたものを来ているはずだったけど……とドレスを見下ろした時です。

 ドレスにつけた布の花飾り、正面と右、左。そこに、まるで初めからあったかのように、丸っこいものがくっついていました。王女が不思議に思って良く見ていると、それはあのニクマーン像でした。金・銀・銅の三つのニクマーン像が自分のドレスにくっついているのです。

 王女は声も出ないほど驚きました。そして、誰かを呼ぼうとした途端に、ニクマーン像はドレスから外れて床にコロコロと転がったのです。王女はあわてて三つのニクマーン像を拾いました。誰かを呼ばなければと思いながら、王女はふと王子の顔を思い浮かべていました。一目だけ、ほんのちょっとの間で良いから、王子に見せてあげたくなってしまったのです。そして、とっさにベッドの下にニクマーン像を隠してしまいました。王子に見せたらすぐに侍女に話をしよう、そしてホーク伯爵のところへ戻しててもらおう、そう考えていたのです。


 ところが、王子にこっそりニクマーン像を見せたところ、王子は見たこともないほど目を輝かせ、大喜びしたのです。


 とてもじゃないけど「それはすぐに返す物なのよ」とは、言い出せなくなっていました。

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