第148話-アマダ女王
アマダ女王はその日、朝早くから一日中会議に出ていました。前日も会議でしたが、長引いたため日をまたいで続けられていました。竜の扱いをどうするかで、貴族の間で意見が割れていたのです。
竜が攻撃的なそぶりを見せていない以上、歓迎の意志を見せて王都に迎え入れよう、と主張する親竜派。
いや、竜は恐ろしい存在だから、なんとか王都の手前で食い止めよう!と主張する恐竜派。
国中をあげてニクマーン像を探しだし、竜に渡して帰ってもらおう!と主張する譲竜派。
それぞれ活発な意見を出し合いましたが、竜に関する情報が少なすぎて答えが出ません。何しろ食い止めるといってもその手段とて不確か、ニクマーン像を探し出せる保証もありません。そうこうするうちに、見張りの兵士が飛び込んできました。
「りゅ、竜が王都に近づいております!すでにはっきりと姿が見えるほど近づいております!」
外はすでに夕暮れから夜に変わろうとしています。この暗さで姿が見えるということは、王都の灯りが届く範囲まで竜が近づいているということです。
女王は震える足元に気付かれぬように必死で立っていました。子どもの頃から、竜と言えばバルデーシュの国のもの、と聞かされてきました。ナゴーンにとっては、かつての戦争で撤退を余儀なくされた原因となった存在です。もちろん、戦争があったのは遠い昔の話ですが、竜の魔力のすさまじさは、ナゴーンではもはや伝説となっていました。その伝説の存在が、何の前触れもなく、二匹も王都にやってきた。自分は女王として決断しなければならない。
竜との対峙の方向性を。
女王はいったん控えの間に入りました。もう会議は紛糾してしまい、どうにもならなくなっていたからです。女王の控えの間に入ると、幼い子供が二人ソファの上で丸まって眠っていました。
メル王女とポル王子です。
女王は一日中会議のため、子どもたちの顔を見る暇さえありませんでした。母親に会いたかった二人は、さっきまでこの部屋で起きて女王のことを待っていたのです。けれど、今の女王には、そんな二人のことを気にかける余裕さえありませんでした。眠る子供たちをそれぞれの部屋へ運ばせ、控えの間の召使たちをいったん下がらせると、女王は深い深いため息をつきました。そして、年老いた側仕えを一人だけ呼びました。
「すぐに着替えを。……白の衣装を出してちょうだい。竜が王都に入ってくる以上、私が会わないわけにはいかないでしょう」
女王が震える声で命令を出すと、側仕えの老女が静かに答えました。
「女王様、お衣装は赤にいたしましょう」
「いいえ、白にしてちょうだい!」
女王が悲壮感を漂わせながら再び命じましたが、老女は微笑みながら首を横に振りました。
「いけません、女王様。いかなる時も最後まで諦めずに最善の道を探すのです」
「でも、私は……もう……」
女王は自分の身を犠牲にしようと考えていたのです。この国では、王が対外的な場面で白を着ることは、降伏を意味しました。王の命を差し出す代わりに、国民を守る意志を示す時、白の衣装が選ばれるのです。
老女が優しく語りかけます。
「姫さま、私の知り合いがホーク伯爵の港町に居りますが、陽竜様は決して恐ろしい存在ではないと申しておりました」
「ばあや――」
他の召使の間では決して見せることのない素の顔。女王は幼いころから自分の面倒を見てくれていた老女の前で、今だけ弱さを見せました。
「やっと女王としてなんとか慣れてきたばかりなのよ。とてもバルデーシュとの駆け引きなど出来ないわ!」
「バルデーシュが駆け引きをしかけてきたというのも、まだ定かではありません」
「でも、竜はすぐそこまで来ているのよ!?」
「遊びに来ているだけかもしれませんよ?」
「ばあや!そんな呑気なことを!」
「姫さま、竜は畏れるべき存在ですが、恐ろしい存在ではありません」
「そんなこと言っても――」
老女、女王のばあやだった側仕えが女王の手を握りしめて言いました。
「わたしは、姫さまがお生まれになる時、バルデーシュの華竜様に祈りをささげ行ったことがございます」
「華竜様?」
「そうです。姫さまがメル様を授かられた時も、ポル様を授かられた時も、私は華竜様に祈りを捧げました」
「そうだったの!?」
「はい。華竜様は安産の守り竜です。国が違えど、この年老いた身の望みをはねつけることなどなされませんでした」
「華竜様が……」
老女は再び言いました。
「姫さま、お衣装は赤にいたしましょう?」
アマダ女王が、今度は素直にうなずくと、老女は召使達を再び部屋に呼びました。そして、女王は落ち着いた声で「竜を迎える宴の準備をするように」と皆に命じたのです。
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