第140話-非公式なおでかけ

 砂漠の門を抜けた魔馬車は、見渡す限りの砂の中を進んでいきます。以前やってきた時は、馬車の中でラウザーからロータの話を聞きながらの移動でした。ハラハラドキドキしながらだったので、ほとんど景色を眺める余裕はありませんでした。

 黒ドラちゃんが窓の外を眺めてみると、砂ばかりだと思っていた中に、パラパラと小さな緑が見えました。ほんの少しの水分でも葉を茂らせる、砂漠特有の植物のようです。遠くをキャラバンが移動していくのが見えました。

 ずーっとずーっと昔、ラキ様と一緒にいたふじ乃さんも、あんな風に移動してきたキャラバンに助けられたのでしょう。一面の砂漠の中で、唯一動いているキャラバンは、見ている者を何だか不思議な気持ちにさせます。じーっと見つめていると、やがて砂漠の向こうへと消えて行きました。


「黒ドラちゃん、南の砦が見えてきたよ!」

 反対側の窓から外を眺めていたドンちゃんが教えてくれました。南の砦に来るのは、ゆらぎに巻き込まれたロータを帰した時以来です。砦ではラウザーとリュングとラキ様とコレド支部長、それにすっかり男の子の姿に戻ったラマディーが待っていました。


「古竜様、ようこそおいで下さいました」

 コレド支部長が丁寧にご挨拶してくれましたが、今回もすぐに出発しなければなりません。


「あのさ、すぐに戻ってくるからさ。すぐだから!すぐすぐ!」

 ラウザーがラキ様に一生懸命話しかけていますが、ラキ様からそっけなくあしらわれています。

「別に羅宇座が何日留守にしようと知ったことか。好きなだけナゴーンで遊んで来れば良かろう?」

 あれ、ちょっぴりご機嫌斜めのようです。それを聞いてラウザーが尻尾をカミカミし始めちゃいました。リュングが小声で「陽竜様!」とさりげなく止めています。しゅんとしたラウザーに黒ドラちゃんがたずねます。

「ねえ、ラウザー、ナゴーンまでってどのくらい飛べばいいの?」

 ドンちゃんは後ろで食いしん坊さんとおしゃべりしています。

「あたし、海を越えるなんて初めて。何だかドキドキするね~!」

「私も初めてだよ。お母様へ良い土産話が出来るだろう」

 すると、その声にラキ様がハッと振り向きました。

「なんじゃ!我のフワフワも行くのか!?そうなのか!?」

「ドンちゃんと食いしん坊さんは“新婚旅行”なんだよ!」


 黒ドラちゃんが答えると、途端にラキ様がさっきよりずーっとすねた感じになりました。

「そうなのか、羅宇座は我を置いてフワフワを連れてナゴーンへ遊びに行くのか」

 あ、気づいたら足元からオアシスの中に沈み始めています。

「あ、ラキ様、待って!俺、そんなつもりじゃ、あっ!ラキ様!」

 ラウザーがあわてて止めていますが、ラキ様はバチバチと不機嫌そうに稲光を光らせながら、どんどんオアシスの中に沈んでいきます。ドンちゃんがあわてて前に出て言いました。

「ラキ様、お土産いっぱい買ってくるからね!帰ってきたらたくさんお話しようね!」

 沈んでいたラキ様が止まりました。

「……お話よりも、撫で撫ですりすりじゃ」

「うん!いーっぱい撫で撫ですりすりだね!」

 ドンちゃんが約束すると、ラキ様はようやくオアシスの上に浮かんできました。

 ラキ様のご機嫌が直ったところで、ラウザーが黒ドラちゃんのさっきの質問に答えてくれました。

「ナゴーンの王都へはかなり距離があるけど、俺の知り合いがいる港は少しバルデーシュ側に飛び出した場所なんだ」

「へえ~」

「だから、半日くらい飛べば着くけど、いきなりその距離を休まず飛ぶのは黒ちゃんには無理かもしれないだろ?」

「えっ、じゃあどうするの?」

 確かに、一度も休まずに半日飛び続けるって出来るかな?と黒ドラちゃんも思いました。でも、海の上では休む場所もありません。不安そうな黒ドラちゃんの様子を見て、コレド支部長が声をかけてくれました。

「古竜様、ご安心ください。輝竜様より船につける魔石を頂いております」

「ブランから!?」

「はい。船にはすでに取り付けてありますので、魔馬車のように一瞬でナゴーンの港町近くの海へ着く事が出来ます」

「えっ!?でも、魔石は船に付いているだけじゃダメなんじゃないの?着く先にも必要なんでしょ?」

「そっちの魔石は、俺が先に海に沈めておいたんだー」

 ラウザーが得意そうに言います。

「そうなの!?ありがとう、ラウザー!すごいね!」

 ラウザーらしからぬ準備の良さです。黒ドラちゃんが感心していると、リュングがこっそり教えてくれました。

「輝竜様からお手紙付きで魔石を頂きまして。魔石の沈め方から適した場所、重しの形・付け方まですべて指示がありました」

「なんで喋っちゃうんだよ~、リュング!せっかく俺が良い感じで褒められてたのに」

 ラウザーが残念そうに尻尾を口にしようとして、やっぱりリュングに止められています。


「ただ、あまりナゴーン間近に船の現れる場所を作ることは出来ません。そこから先は飛んでいただくことになります」

「え、そのまま船で港街まで行かないの?」

 コレド支部長の言葉に、黒ドラちゃんが不思議に思ってたずねました。

「今回は、あくまで<もともと非公式に交流のある陽竜様のナゴーン行きに、古竜様たちがついて行く>という設定でして」

「うん」

「バルデーシュでご用意した船でナゴーンまで入ってしまうと、国と国の公式な関わりとして、色々と手続きが必要になってくるのです」

「そっかあ、むずかしいんだね」

 なるほどなるほど、と黒ドラちゃんも納得しました。何より今回はラマディーを連れています。ナゴーンでどんな扱いが待っているかわからない以上、うかつに公に動くことは出来ません。


「じゃあ、みんなで船でお出かけだね。あたし、船って初めてだなあ、楽しみ!」

 黒ドラちゃんが言うと、ドンちゃんもお耳をぴんっとさせて嬉しそうにうなずきました。

「あたしも!船も、海の上を飛ぶのも、余所の国に行くのも、全部初めて!」

 ワクワクを隠し切れない様子で、無意識にケープの端っ子をカミカミしています。それを、さりげなくそっと食いしん坊さんが外しながらささやきました。

「それに二人で一緒に出かけるのも初めてだね、ハニー」

 ドンちゃんがぽーと食いしん坊さんに見とれて、アツアツな雰囲気が広がります。それを見たラウザーが「くぅーっ、リアウサギめ!」とか叫びながら、掴んでいた尻尾を地面に叩きつけようとして、またリュングに止められていました。

 その後ろでは、すっかりおまけのような扱いになってしまったラマディーが、真剣な表情で出発の時を待っていました。

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