第132話-ラウザーとリュング
「え、でも海の向こうでしょ?ナゴーンって。遠いよね?」
黒ドラちゃんが不安そうに言うと、ラマディアはいえいえと首を振りながら黒ドラちゃんの両手をつかみます。
「古竜様には立派な翼があるではありませんか!飛んでいけば良いのです!」
いきなり両手を掴まれたのはノーランドの王様以来ですが、なんだかあの時とはちょっと違う感じです。可愛らしいはずのラマディアの目が、ギランとしていてちょっとこわい感じ。
「で、でも、あたしあまり遠くにお出かけするのはダメってみんなが言うし」
黒ドラちゃんが手を掴まれたまま、たじたじとし始めました。尻尾も丸まってお尻の下に入ってしまいました。
「みんな?みんなっていうと、ここに集まっている動物たちですか?」
ラマディアの目が再びギランッと光って周りのみんなを見渡します。ドンちゃんを始め、可愛い系のみんなはビクッと縮こまりました。
「ううん、ここにいるみんなじゃなくて、ブランとか、マグノラさんとは、ゲルードとか、あと――」
「黒ちゃーーーーん!!」
「あ、ラウザー!」
顔を上げると、森の南の方からラウザーが飛んでくるところでした。あわてて黒ドラちゃんはラマディアの手を振りほどいてラウザーのところまで飛んでいきます。
「なんだ、みんな湖のところに集まってるんだな。また何かお祭りでもやってんの?」
背中にリュングをのせたラウザーが、黒ドラちゃん越しにひょいひょいと首を動かして湖の方へ目をやります。
「ちょ、ちょっと陽竜様、そんなに首を動かさないでください。グラグラします、落ちちゃいますよ!」
リュングが困ったように言いながらラウザーの背中にしがみついています。
「あのね、ぎんゆーしじんの女の子が来て、笛の音が楽しそうで、可愛らしい感じだったから森へどうぞって言ったんだけど」
「けど?」
ラウザーとリュングが首をかしげます。
「あ、あの、とにかく一緒に来て!」
黒ドラちゃんがくるりと向きを変えると湖に向かって真っすぐに飛んでいきました。何が何やらよくわからないけれど、ラウザーも後に続きます。
黒ドラちゃんとラウザーが湖のそばに戻ると、ラマディアと森のみんなが待っていました。ラウザーは、ラマディアのことを見ると尻尾を振り振りしながらいつものように自己紹介しました。
「俺、陽竜のラウザー、南の砦のすぐ近くに棲んでるんだ、よろしくなー!」
挨拶をされたラマディアはにっこり微笑んで挨拶を返そうとしましたが、ラウザーの背中からリュングが降りてくるのを見ると顔色を変えました。
「わ、私は吟遊詩人のラマディアでございます。よろしく」
顔の半分をショールで隠すようにして、なんだかおどおどしています。さっきまでの強気でギラギラしていた雰囲気はすっかり消えてしまいました。
「あのね、あたしたち、ラマディアに<聖J・リッチマンと三匹のニクマーン>のお話してもらってたの」
黒ドラちゃんがラウザーに話すと、横で聞いていたリュングの目が輝きました。
「あ、それってノーランドの昔話じゃないですか?金と銀と銅のニクマーンが出てくるお話でしょ!?」
「そうそう!リュング知ってるの?」
「ええ、実は私の父は若いころノーランドに住んでいまして」
「そ~なんだあ」
「妖精の魔力の研究のためだったんですが、だから私の家にはノーランドの本もたくさんあります」
「へえ~。じゃあ、三匹のニクマーン像のことも知ってる?」
「ニクマーン像ですか?いいえ、それは初めて聞きましたね」
リュングが興味津々の様子で聞いてきました。そこへラウザーが割り込んできました。
「俺は知ってるよー。でも、俺はナゴーンの漁師たちから聞いたんだけどさ」
「ナゴーン!やっぱりそうなの!?」
黒ドラちゃんが驚いた声を上げると、ラウザーとリュングが不思議そうな顔で見てきました。
「あのね、ラマディアの話だと、ナゴーンの貴族の家に金・銀・銅のニクマーン像があるんだって」
「ああ、それだよな!ナゴーンじゃ有名な話らしいよ。すごく高価な像なんだって。でも、それがどうかしたのか?」
ラウザーが不思議そうにたずねると、ドンちゃんがすかさず話しに入ってきました。
「あのね、ラマディアが黒ドラちゃんにナゴーンへ飛んで行こうって言うの」
「えっ!ナゴーンへ!?」
ラウザーとリュングが声をそろえて驚いています。やはり黒ドラちゃんが飛んで行くなんて無謀だと思っているんでしょうか。ラマディアは一瞬ドンちゃんをキッとにらんだように見えましたが、すぐに笑顔で話しだしました。
「あの、わたくし、その貴族にちょっとした伝手がありまして、もし、古竜様がお望みでしたらお連れしても良いかなあ?っと」
あれ、さっきとだいぶ話の雰囲気が変わっています。
「さっきは黒ドラちゃんの手をギュッとにぎって離さなかったもん!」
黒ドラちゃんの影に隠れながら、ドンちゃんがラウザーとリュングに言いつけます。
「いえ、あれは古竜様がニクマーン像に大変興味をお持ちだったようなので、ぜひお目にかけたい、と思うあまりで」
ラマディアは、また一瞬ドンちゃんをにらんだような気がしましたが、笑顔でラウザーとリュングに説明しました。
「ナゴーンかあ……」
ラウザーが尻尾をにぎにぎしながら考え込みました。
「ナゴーンですかあ……」
リュングも魔法の杖でモジャモジャの頭をつつきながら考え込んでいます。どうも、反対するっていう感じには見えません。
「あ、あのラウザー、あたしナゴーンに行くなんてダメだよね?ね?」
黒ドラちゃんが、ラマディアとラウザー達と交互に見ながら話しかけました。
「うーん……」
てっきりラウザーは「そんなもん、ダメに決まってるだろ~、黒ちゃん」って言ってくれると思ったのに、煮え切らない返事です。
「うーん……ニクマーン像かあ……」
さらにリュングの声からは、なんだか見に行きたい感があふれています。
「ええ、金・銀・銅のニクマーン像はそれはそれは見事なものだとか。しかも、伝手が無ければ決して見ることのできないものですよ」
ラマディアの目が、ギランとした感じをちょっぴり取り戻し始めています。
「で、でもブランが聞いたら絶対に反対するよ!」
ドンちゃんが言うと、途端にラウザーもリュングも「はあ……」とため息をつきました。黒ドラちゃんも、ニクマーン像を見に行きたい気持ちはありますが、ブランの大反対を押し切って行くほどじゃありません。
「まあ、とりあえずさ、ブランに聞いて見たら良いんじゃないか?」
ラウザーがちょっと元気を取り戻して言いました。
「そうですね!ゲルード様にも相談してみましょう!」
リュングも立ち直って提案してきます。
「えっ」
ラマディアが焦ったような声を出しましたが、みんな気分が盛り上がってきて聞いていません。
「じゃあ、あたしブランに古の森に来てってお願いしてみる!」
黒ドラちゃんがそう言って「ふんぬ~!」と掛け声をかけると、背中のうろこの魔石がボワーンと輝きました。
「では、私はゲルード様に連絡いたします!」
そう言ってリュングが懐から鳥の形のような紙切れを取り出しました。それを両手で挟み込み、何かブツブツと唱えます。ふわっと紙の鳥が浮き上がり、すごい速さでお城の方へ飛んで行きました。
「あれは速さだけなら一番の魔術です。古竜様がらみなので、ゲルード様はすぐに来て下さると思いますよ」
リュングが得意そうに言うと、ラウザーが「お前すごいなあ!」なんて感心しています。
それを見ていたラマディアが急に自分の荷物をまとめ出しました。
「あれ、ラマディアどうしたの?」
黒ドラちゃんが声をかけると、みんなの目が一斉にラマディアに集まりました。
「あの、わたくし……ちょっと急用を思い出しました。また明日にでも参りますので、今日はこれにて!」
今にも走り出しそうなラマディアの服をつまんで黒ドラちゃんが止めました。
「えー、待って待って。ブランとゲルードがすぐに来ると思うから、ちょっと待っててよ」
「いえ、あのっ」
「ラマディアのお話を聞いたら、ブランやゲルードだってニクマーン像の素晴らしさをわかってくれるかもしれないよ?」
黒ドラちゃんに言われて、ラマディアはため息をつくと、しぶしぶ荷物を降ろしました。
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