第122話-ノラクローバーに続く道
朝になると、ドンちゃんは食いしん坊さんからもらったポシェットをかけて、古の森を出ました。森の外に一匹で出るのは初めてです。でも、どうしてもマグノラさんとお話ししたかったのです。
白い花の森へは、ドンちゃんの足ではずいぶんと時間がかかりました。森に着いた時には、お日様はすっかりお空の高いところにありました。森の中の一本道をドンちゃんは一生懸命進んでいきます。やがて、いつものようにお花畑が見えてきました。真ん中でマグノラさんが丸くなっています。
「マグノラさん!」
ドンちゃんはマグノラさんに飛びつきました。
「おやおや、ドンちびちゃん。どうしたんだい?おや、泣いているのかい?」
ドンちゃんはここまで我慢していた涙があふれてきて止まりませんでした。
「マグノラさん、マグノラさん、マグノラさーーーーん!」
ドンちゃんはマグノラさんに抱きつきながらわんわん泣きました。怖くて淋しくて悲しくて、そう言う気持ちをうまくマグノラさんに説明できなくて泣きました。ひとしきり泣いて、ドンちゃんがヒクヒクしていると、マグノラさんが優しく話しかけてきました。
「黒ドラちゃんが心配なのかい?」
半分当たっていて、半分外れています。
「心配なだけじゃないの」
「なんだい?」
「あのね、黒ドラちゃんは竜だよね?何百年も生きるよね?」
「ああ、そうだね。おそらくは」
「あたしは――そんなには生きられないよね?」
ドンちゃんが震える声で聞きました。
マグノラさんが黙って優しく見つめます。
「黒ドラちゃんとずっとずっと一緒に居られると思っていたのに、それは無理だって思ったら、怖くて淋しくてどうしようもなくなっちゃったの」
マグノラさんが優しくドンちゃんを抱き上げました。
「それは、いつか、だよ。ドンちびちゃん」
「そうだけど、必ず来る いつか だよね?」
「ああ。だけどいつかくるその時のことで悲しむのはお止めよ」
「でも――」
「ドンちびちゃん、いつか におびえるよりも、今のかけがえのない時間を大切にするんだよ」
「今の時間を……」
「本当に幸せな偶然が重なって、ドンちびちゃんと黒チビちゃんは出会えたんだよ」
「幸せな偶然?」
「ああ。だって、ドンっ!てぶつかったからドンちゃんなんだろう?」
「うん」
ドンちゃんがちょっと恥ずかしそうに笑いました。
「たまたまドンちびちゃんが黒チビちゃんの洞に逃げ込んで、たまたまドンってぶつかって、たまたま友だちになったんだ」
「うん」
「それはとてもとても幸せな偶然の連続だよ、ドンちびちゃん」
「マグノラさんに会えたことも幸せな偶然?」
「ああ。とってもとっても幸せな偶然だよ。あたしにとってもね」
ドンちゃんはマグノラさんのことを見つめました。こんなに大きくて優しい竜とお友だちになれたのは、本当にとても幸せな偶然でした。
「うん。あたし、しあわせ!」
「そうだろう?今の幸せを、まだ影も形も無いような“いつか”のために悲しい気持ちで過ごすなんてもったいないと思わないかい?」
「うん……そうだね。すごくもったいない」
ドンちゃんはマグノラさんの腕の中でお耳をピンッ!とさせました。
「そうだよ。それに、今をどう過ごすかで、いつか を迎える時の気持ちなんてどうにでも変わっちまうのさ」
「そうなの?」
「そうだよ。今の幸せをしっかり楽しむんだよ、ドンちびちゃん。そうすれば“いつか”は怖くも淋しくもなくなるんだ」
マグノラさんのガラガラ声が、ドンちゃんのお耳に優しく染み込みました。
気持ちの落ち着いたドンちゃんは、マグノラさんにお礼を言って、白い花の森を後にしました。古の森へ急ぎながら、ドンちゃんは今すぐ黒ドラちゃんに会いたいなあと思いました。昨夜のような淋しくて怖くて、追いつめられたような気持からではありません。幸せな偶然で出会えた黒ドラちゃんに「友だちでいてくれてありがとう」って伝えたくなったのです。そして、また考えました。
黒ドラちゃんに、あたしはなにをしてあげられるだろう?と。
その頃黒ドラちゃんは、竜の姿で山を登っていました。大荒れだった山の天気は、黒ドラちゃんがノラクローバーを探しに行く!と決めたとたんに静かになりました。すぐにでもほら穴から出るつもりだった黒ドラちゃんを、ホペニが止めました。
「ブブーンブイン」
夜に探しても見つけづらいから、朝になったら出発しよう、と。黒ドラちゃんは大人しくホペニの言うことを聞きました。ノーランドの花のことは、ノーランドの蜜蜂さんに教えてもらうのが一番だからです。
朝になると、すっかり静かになった雪山は、キラキラと輝いていました。黒ドラちゃんは外套を脱ぎ、手袋を外し、ブーツも脱ぎました。そして、竜の姿に戻ると、ホペニからノラクローバーの群生地のお話を聞きました。
山の上の方、大きな木が一本だけ生えている開けた場所に、ノラクローバーの群生地がある。葉は濃い緑、花は清らかな青。ノーランドの短い夏の間、この山には、その群生地まで一本の道が通る。ただし、その道はノラウサギの魔法によって守られ、花嫁の冠をつくる意志を持つ者にしか見えない。花嫁の幸せを願う者だけが、見付けることが出来る道。
その話を聞きながら、目を閉じて黒ドラちゃんは想像します。
山はうっすらと雪に覆われていますが、所々に緑が見えています。そこに、道が見えています。
道は、王宮の森から山の上まで続いています。空は晴れて、風は優しく吹いていて、黒ドラちゃんは竜の姿で道を登っていきます。ドンちゃんに花嫁の冠を作るために。ドンちゃんの笑顔を見るために。あ、ノラクローバーの群生地が見えてきました。
「やったあ!」
黒ドラちゃんが飛び上がって喜んだ瞬間、目を開いてみると辺りの雪が光って目の前に道が出てきました。不思議なことに、雪がそこだけ融けています。
「ぶいん!」「ブイーン!」
モッチとホペニも大興奮です。
行こう行こうと騒いでいます。
「うん!行こう!」
黒ドラちゃんは首からリースと籠をさげて、元気に山を登り始めました。
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