第108話ーしあわせアイテム
「お母様?」
「ドンちゃんのお母さん、どうしたの?」
食いしん坊さんと黒ドラちゃんがたずねましたが、ドンちゃんのお母さんは悲しげにうつむいています。
黒ドラちゃんが食いしん坊さんにたずねます。
「花嫁のかんむりって、なあに?」
食いしん坊さんは、お母さんの落ち込んだ様子が気になるようでしたが、黒ドラちゃんに教えてくれました。
「ノラウサギの花嫁の冠というのは、花嫁の友だちだけが用意できる幸せアイテムなのです」
「幸せアイテム?」
黒ドラちゃんがコテンっと首をかしげます。気づけば横にドンちゃんも来ていて、一緒に首をかしげていました。
「そうです。お友達が花嫁の幸せを願う気持ちを込めてクローバーを摘み、幸せを願う気持ちを込めて冠を編む。それが幸せアイテムです」
なるほど、と黒ドラちゃんとドンちゃんはうなずきました。
「花嫁がみんなに祝福され、長く幸せな結婚生活を送れるように、という伝統的なノラウサギの幸せなしきたりなのです」
<幸せなしきたりの幸せアイテム>なんだかステキな響きです。黒ドラちゃんは、絶対にドンちゃんにプレゼントしてあげたくなりました。
「あたし作るよ!!」
黒ドラちゃんが張り切ってお返事します。ドンちゃんが嬉しそうに黒ドラちゃんのことを見上げています。
「冠って何本くらい集めれば出来るのかなあ?」
広場に生えているクローバーを眺めながら、黒ドラちゃんが食いしん坊さんに聞きました。
「こんなにたくさんあるんだから、きっとすごいの作れるよ!黒ドラちゃん!」
ドンちゃんがピョンピョン跳ねながら嬉しそうに言いました。すると、後ろの方で聞いていたカモミラ王女が遠慮がちに教えてくれました。
「あのね、黒ドラちゃん、ドンちゃん、この広場のクローバーでは“ノラウサギの花嫁の冠”は作れない、と思うのよ……」
食いしん坊さんがお母さんにたずねます。
「あの、お母様、この森にノラクローバーは……?」
お母さんは悲しそうに首を振ります。
「ノラクローバーじゃないとダメなの?」
黒ドラちゃんがたずねると、食いしん坊さんもカモミラ王女も、何とも言えない顔をして黙ってしまいました。
「あのね、ノラクロ……ノーランドクローバーはね、ノラウサギにとって特別なものなの」
ドンちゃんのお母さんがしょんぼりと答えます。お母さんの元気のない様子を見て、ドンちゃんが元気よく言いました。
「じゃあ、じゃあ、マグノラさんに聞いてみようよ!マグノラさんの森にならあるかもしれないよ!?」
「ごめんよ、ドンちびちゃん。残念ながら、うちにも無いね」
湖の向こうからガラガラ声が聞こえてきました。
「マグノラさん!」
黒ドラちゃんが急いで飛んでいくと、マグノラさんもこちらに向かって飛んできてくれました。一緒にみんなのところへ戻ります。
「ノーランドクローバーはね、ノーランドでしか生えない草なんだ」
マグノラさんがドンちゃんのお母さんをそっと抱き上げます。お母さんはマグノラさんの腕の中でとても小さく見えました。
「――昔、そうだね、ノラウサギたちが悪い奴らから追い回されていた頃、ノラウサギを誘い込むために他の国に植えられたこともあったけど、結局根づかなかったんだよ」
ドンちゃんがぶるっと震えました。それって、食いしん坊さんから聞いた、ノラウサギが狩られていた頃のお話なんだと思います。他の国で根付かなくて良かったのかも……ドンちゃんは密かに思いました。
でも、困りました。古の森にはこんなにたくさんクローバーがあるのに……。黒ドラちゃんとドンちゃんは顔を見合わせます。
「えっと、えっと……別に古の森のクローバーでも良いんじゃない?同じクローバーでしょ?」
黒ドラちゃんがたずねると、マグノラさんの腕の中でドンちゃんのお母さんがふるふる首を振りながら話し出しました。
「違うのよ、黒ドラちゃん。ノーランドクローバーは薄い青いお花が咲くの」
黒ドラちゃんとドンちゃんは周りに咲いているクローバーのお花を見ました。白やピンクや赤はありますが、青は見当たりません。
「ノーランドではね、青は花嫁の純粋さと気高さの証なの。青いお花が咲く植物はとても少なくて、だからこそ花嫁の幸せアイテムに選ばれているのだけれど……」
そう言いながら、カモミラ王女が切なそうな顔をしてドンちゃんのお母さんを見ています。
「うーん……一本くらい生えてないかなあ?」
黒ドラちゃんが困ったように言いました。ゲルードや普段着の兵士さんたち、ラウザーやラキ様も一緒に湖の周りを探してくれましたが、青いお花のクローバーは、やはり見つかりませんでした。
ドンちゃんのお母さんはマグノラさんの腕から降りてくると、ドンちゃんの前に立ちました。そして、ドンちゃんのことを愛しそうに撫でながら「ごめんね」とつぶやきました。ドンちゃんはお目々を丸くしました。
「どうしてお母さんが謝るの?!」
「だって、ノラクローバーの無い場所で暮らすことを決めたのは、私だから」
「でも、でも、それって仕方なかったんだよね?狩られちゃうから逃げてきたんでしょ!?」
今度はお母さんがお目々を丸くしました。
「どこでその話を聞いたの?」
「あの、えっと……食いしん坊さんから教えてもらったの……」
ドンちゃんがおずおずと答えると、すかさず食いしん坊さんが言いました。
「お母様、出過ぎた真似をして申し訳ありません!」
けれど、ドンちゃんのお母さんは静かに食いしん坊さんへ頭を下げました。
「いいえ、いつかは言わなくてはと思っていたのに、私こそ後回しにしてしまって。嫌な役目をお願いしてしまってごめんなさい」
それを聞いて食いしん坊さんはドンちゃんのお母さんの前足をギュッと握りしめました。
「お母様、たとえ花嫁の冠が無くても、必ずやドンちゃんを幸せにいたします!」
食いしん坊さんの真剣な眼差しに、ドンちゃんのお母さんは眩しそうに目を細めました。
なんとな~く、花嫁の冠はもう諦めよう……という雰囲気が皆の間に漂い出したその時です。
「あたし、必ずノラウサギの花嫁の冠をドンちゃんにつくってあげる!!」
黒ドラちゃんが、力強くズズンッ!と立ち上がりました。黒ドラちゃんの頭の上で、モッチも「ぶぶいん!!」と力強く羽ばたいています。
どうやら黒ドラちゃんとモッチの“友達を想う乙女心”に火がついたようです。
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